「あなたは、誰ですか」と問われたら
ある日突然、
大切な人が自分を見て、
「あなたは、誰ですか」と
言ったとしたら。
想像するだけで、
胸が締めつけられるような
つらさがあります。
これまで一緒に重ねてきた時間、
交わしてきた言葉、
分かち合った景色。
そのすべてを、
相手が忘れてしまったかのように
感じる瞬間。
そんな場面に出会ったとき、
人はふと立ち止まって考えます。
「自分が、自分である」
というのは、
一体どういうことなのだろう、と。
自分が自分であるために、何が必要なのか
「自分らしさ」という言葉は、
世の中にあふれています。
でも、
本当に自分らしくあるために
何が必要なのか、
真剣に向き合う機会は
意外と少ないかもしれません。
誰かと同じものを追いかけ、
誰かが評価する基準で測られ、
誰かが正解と決めた道を歩く。
そうしているうちに、
「自分」がどこにあるのか
わからなくなることがあります。
気がついたら、
自分の人生なのに
誰かの正解をなぞるだけになっていた。
そんな感覚に、
覚えがある方もいるのではないでしょうか。
音楽は、「自分」を形づくる行為
音楽は、ただの趣味ではありません。
音楽を奏でるという行為は、
「自分が、自分であること」を
形にしていく営みです。
同じ曲を弾いても、
奏でる人によって
音はまったく違います。
その違いこそが、
その人の「自分」です。
歩いてきた人生、
感じてきた喜びと痛み、
愛してきたものたち。
それらすべてが、
その人だけの音色になって
世界に立ち上がります。
音楽は、
「私はここにいる」という
静かな宣言なのです。
誰かの真似ではなく、自分の音を探す
でも、音楽の世界でも
「自分らしさを失うこと」は
たやすく起こります。
あの人のように弾きたい。
あの歌手のように歌いたい。
有名な演奏を再現したい。
憧れがあるのは素晴らしいことです。
誰かに学ぶことから
音楽は始まります。
でも、
誰かの真似だけを続けていると、
いつの間にか
「自分の音」がなくなっていきます。
気がつくと、
誰かの影をなぞるばかりで、
自分が消えている。
これは、
音楽の世界に限った話ではないかもしれません。
「自分の音」は、どこにあるのか
では、自分の音は
どこにあるのでしょうか。
遠くを探す必要はありません。
あなたが今までに感じてきたこと、
大切にしてきた人、
忘れたくない景色。
それらすべてが、
あなたの音の中に
すでに眠っています。
必要なのは、
その眠っているものを
音の中に「許してあげる」ことだけです。
「うまく弾かなきゃ」
「正しく歌わなきゃ」
「誰かに評価されなきゃ」
そういう声を一度脇に置いて、
自分の中にあるものを
そのまま音にしてみる。
そのとき初めて、
「自分の音」が立ち上がります。
音楽は、「忘れられない自分」をつくっていく
面白いことに、
「自分の音」で奏でた音楽は、
聴いた人の中にも
深く残ります。
技術が完璧だった演奏より、
その人らしさが滲み出ていた演奏の方が、
不思議と忘れられない。
音楽は、
あなたが自分であることを
誰かの記憶の中に
そっと残していきます。
たとえ時が流れても、
その音色は誰かの中で
静かに生き続けます。
「自分が自分であった」という事実は、
音楽という形で、
世界の中に確かに刻まれていくのです。
今日の音は、今日のあなたにしか出せない
同じ曲を弾いても、
昨日のあなたと
今日のあなたでは
音が違います。
明日のあなたの音は、
今日のあなたの音とは
また違うでしょう。
だからこそ、
今日のあなたが奏でる音は、
かけがえのないものです。
誰かの真似でもなく、
正解を追いかけるのでもなく、
「今日の自分」を音にしてあげる。
その営みを続けていくことが、
「自分が自分であり続ける」
静かな道のりなのだと思います。
あなただけの音を、一緒に見つけていきませんか
「自分の音」は、
独学でなかなか見つかりにくいものです。
誰かの真似に流されそうになるとき、
「いや、あなたの音はそこじゃない」
と引き戻してくれる人がいるかどうかで、
音楽の旅はまったく違うものになります。
サヴァサヴァは、
あなたの音をしっかり聴いて、
あなたらしさを一緒に探していく場所です。
正解を教える場所ではなく、
あなたが自分であることを
見守り、伴走する場所。
もし今、
音楽の中で自分を見失いかけている方がいたら、
ぜひ一度スタジオへ来てみてください。
あなたの中にすでにある音を、
ゆっくり、丁寧に、
一緒に引き出していきましょう。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

