「もう何年も、触っていないので」
お問い合わせをいただくとき、
よくこう言われます。
「子どもの頃に習っていたのですが、
もう何年も触っていなくて」
「今さら始めても、
大丈夫でしょうか」
その言葉の奥には、
だいたい同じ気持ちがあります。
ブランクが長すぎる。
もう昔のようには弾けない。
一からやり直すには、
年齢を重ねすぎた。
その不安について、
今日はお話しさせてください。
体は、思っているより覚えています
まず、事実からお伝えします。
一度体で覚えたことは、
驚くほど残っています。
自転車を思い出してください。
十年乗っていなくても、
またがればなんとなく乗れます。
頭で思い出したわけではなく、
体が勝手に動きます。
楽器も、同じです。
鍵盤に手を置いた瞬間、
指の距離感が
ふっと戻ってくる。
昔さらった曲の一節だけが、
なぜか手から出てくる。
再開された方の多くが、
この感覚に驚かれます。
あなたが積み上げたものは、
消えてはいません。
奥のほうで、静かに待っています。
離れていた時間も、無駄ではない
もう一つ、見落とされがちなことがあります。
楽器から離れていた期間も、
あなたは音楽を聴き続けていました。
好きな曲ができた。
心に残る演奏に出会った。
ライブで胸が震えた。
その全部が、
あなたの耳を育ててきました。
子どもの頃には
わからなかった良さが、
今ならわかる。
そういう変化は、
確かに起きているはずです。
ブランクは空白ではなく、
耳が育っていた期間なのです。
つらくなるのは、昔の自分と比べるから
ただし、正直な話もします。
再開した直後は、
思うように指が動きません。
そのとき、多くの方が
落ち込みます。
でも、その落ち込みの原因は、
実力ではありません。
比べる相手が、
間違っているのです。
再開したばかりの自分を、
毎日練習していた頃の自分と
比べてしまう。
それは、かなり酷な比較です。
比べるなら、
先週の自分にしてください。
先週より少し動く。
先週より少し思い出せた。
それだけで、十分に前進です。
やめた理由は、たいてい音楽ではなかった
ここで、少し立ち止まって
思い出してみてください。
なぜ、やめたのでしょうか。
受験が始まったから。
練習させられるのが嫌だったから。
発表会が怖かったから。
先生と合わなかったから。
弾きたい曲をやらせてもらえなかったから。
並べてみると、
あることに気づきます。
どれも、音楽そのものが
嫌になった理由では
ないのです。
周りの事情や、
その場の環境が理由でした。
ということは、
条件さえ変われば、
今度は続く可能性が高いのです。
やめた過去は、
あなたが音楽に向いていない証拠では
ありません。
大人の再開には、子どもになかったものがある
大人になってから再開することには、
実は大きな利点があります。
まず、自分で選んで来ている
ということ。
やらされていた頃とは、
気持ちがまるで違います。
次に、曲を選べるということ。
与えられた課題曲ではなく、
本当に好きな曲を弾ける。
そして、意味がわかるということ。
子どもの頃は
ただの記号だったものが、
今なら理屈として理解できます。
吸収の速さでは
子どもにかないません。
でも、理解の深さと、
自分の意志という点では、
大人のほうがずっと有利です。
今度は、同じやり方でなくていい
再開するとき、
覚えておいてほしいことがあります。
昔と同じやり方に
戻る必要はありません。
楽譜を几帳面にさらう練習が
つらかったのなら、
耳で覚える方法もあります。
正解をなぞるのが窮屈だったのなら、
自分で自由に音を選ぶ
音楽もあります。
ジャズは、まさにそういう音楽です。
昔挫折したやり方とは
まったく違う入り口から、
音楽に戻ることができます。
同じ扉から入り直す必要は、
ないのです。
その一歩を、一緒に踏み出しませんか
再開の一番の壁は、
技術ではありません。
「こんな状態で行っていいのだろうか」
という、最初の一歩の
心細さです。
一人で決心しようとすると、
その一歩は
いつまでも重いままです。
「その状態からで大丈夫ですよ」
「まずは思い出すところからで
いいですよ」
そう言ってくれる人がいるだけで、
扉はずいぶん軽くなります。
サヴァサヴァには、
何十年ぶりに楽器に触れた方が
たくさんいらっしゃいます。
あなたの中で眠っている音楽を、
ここから起こしていきませんか。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

