「楽しむ」と「楽をする」は違う
「音楽は、音を楽しむと書くんだから、自由にやればいいじゃない」
よく聞く言葉ですが、実はここに大きな落とし穴があります。
多くの人は「楽しむこと」と
「適当にやること(楽をすること)」を混同してしまいがちです。
しかし、野放図に音を撒き散らすだけの演奏は、最初は楽しくても、
すぐに飽きが来ます。なぜなら、そこには「深み」がないからです。
「責任」とは、音への愛情
その音を、どこで切るか?
「音に対する責任を持つ」と聞くと、
間違えてはいけないというプレッシャーのように感じるかもしれません。
しかし、それは違います。
責任とは、「その一音を、どれだけ大切に扱えるか」という愛情のことです。
- その音を、どのくらいの強さで鳴らすのか。
- 次の音に繋ぐために、どのタイミングで指を離すのか。
- 誰の音と混ぜ合わせるつもりなのか。
これらすべてに意識を巡らせ、
意図を持って音を置くこと。
それが「責任」です。
制約の中にこそ、自由がある
丁寧さが生む「極上のグルーヴ」
適当に弾いた音は、誰の心にも残りません。
しかし、「この音は絶対にここで鳴らしたいんだ」
という強い意志と責任を持って奏でられた音は、
バンド全体のグルーヴをカチッと噛み合わせます。
その瞬間、バラバラだった音が一つの大きなうねりとなり、
鳥肌が立つような一体感が生まれます。
これこそが、責任を果たした者だけが味わえる「本当の楽しさ」です。
少しの責任が意味ある愛の音になる
一音を大切にすることは、窮屈なことではありません。
むしろ、音に対して誠実であればあるほど、
音楽はあなたに応え、今まで見たことのない美しい景色を見せてくれます。
「ただの音」を「意味のある言葉」に変えるために。
今日から少しだけ、指先に「責任」という名の愛を込めてみませんか?
野口 尚宏

