演奏できることと教えられることは違う|音楽教育が本当に育てるもの

暖かな光の部屋で、先生がピアノに手を添えながら生徒に語りかける水彩アニメ風イラスト。二人の間を黄金の光が繋ぎ、周囲にジャズ・クラシック・ポップスなど様々な音楽のシンボルが漂い、下部中央に「教えることは、問い続けること。」の白いテキスト。

演奏できることと、教えられることは、違う

音楽を教えている方に、
少し問いかけさせてください。

あなたが弾けるということと、
誰かに伝えられるということは、
同じことでしょうか。

おそらく、
「違う」とすぐに感じていただけると思います。

長年ピアノを弾いてきた人が、
いざ教えようとすると、
「なぜそうなるのか」を上手く言葉にすることが難しい。
「感覚でやってきたから、説明できない」
そういう場面は、決して珍しくありません。

演奏力と指導力は、
重なる部分もありますが、
別のスキルです。

これは批判ではありません。
むしろ、この違いに気づくことが、
良い指導者への第一歩だと思っています。

理論やコードは、初心者を遠ざけるものではない

音楽教育の現場で、
こんなことはありませんか。

理論やコードの話をすると、
生徒さんの顔が曇る。
「難しいことはいいです」と言われる。
だから、なるべく理論の話を避けている。

もしそうだとしたら、
少し立ち止まって考えてみてほしいのです。

理論やコードが難しく感じられるのは、
理論そのものが難しいのではなく、
「伝え方」が難しいのかもしれません。

音楽理論は、
音楽に近づくための地図です。
地図は、旅を難しくするものではなく、
知らない場所を安心して歩けるようにするものです。

「この地図を、どう渡せば
この人は安心して使えるか」を考えること。
それが、教える側に求められる力です。

理論を避けることは、
地図を渡さずに旅に送り出すことかもしれません。

教える人は、広く聴いているか

もう一つ、問いかけさせてください。

あなたは最近、
自分が専門とする音楽以外を
どれくらい聴いていますか?

クラシックを教えている先生が、
ジャズをほとんど聴かない。
ポップスを教えている先生が、
歴史的な録音を聴かない。

それは、もったいないことだと思います。

音楽は、ジャンルを超えて繋がっています。
ジャズのリズム感覚は、
クラシックの解釈に影響を与えます。
歴史的録音の中にある「間」の感覚は、
現代の演奏にはない何かを教えてくれます。
ロックのグルーヴは、
ピアノの打鍵の感覚を豊かにします。

広く聴いた経験が、
生徒さんへの言葉を豊かにします。
一つの音楽しか知らない指導者より、
様々な音楽を知っている指導者の方が、
多様な生徒さんに寄り添えます。

あなたが聴いてきた音楽の幅が、
そのまま指導の幅になっていきます。

音楽教育は、演奏者だけを育てるのではない

もう一つ、根本的な問いを。

音楽を教えることの目的は、
「演奏できる人を育てること」
だけでしょうか。

音楽を学んだ人全員が、
演奏者になるわけではありません。
むしろ、大多数の人は
プロの演奏者にはなりません。

でも、音楽を学んだ経験は、
演奏者にならなくても
その人の人生に残ります。

コンサートで演奏を深く楽しめる。
CDやストリーミングで音楽を聴くとき、
以前とは違う耳で聴こえる。
誰かが演奏しているのを見て、
その大変さと美しさがわかる。

良い聴き手、豊かな音楽愛好者を育てること。
それも、音楽教育の大切な役割です。

「この生徒さんは演奏者にはならないかもしれない。
でも、一生音楽を愛する人になるかもしれない」

そう思いながら教えることで、
レッスンの質が変わってくると思っています。

音楽を通じて、人の感度を育てる

最終的に、
音楽教育が目指すものは何でしょうか。

技術を磨くこと。
それは確かに大切です。

でも、もう一段深いところに、
こういう問いがあります。

音楽を通じて、
その人の感度を育てられているか。

感度とは、
美しいものを美しいと感じる力。
繊細な変化に気づく力。
他者の感情を音から読み取る力。
自分の内側にある何かを音として出す力。

こういった感度は、
音楽の技術を超えたところにあります。
でも、良い音楽教育は
この感度を確実に育てます。

そしてこの感度は、
音楽の場面だけでなく、
人間関係、仕事、日常の中に
じわじわと広がっていきます。

音楽教育は、
音楽家を育てるだけでなく、
感度の高い人間を育てる営みだと
思っています。

教えることは、自分を問い続けること

音楽を教えるということは、
自分自身に問い続けることでもあります。

「なぜこの音はこう動くのか」
「この生徒さんに届く言葉は何か」
「自分は十分に広く聴いているか」
「この人の音楽の可能性を、
自分は引き出せているか」

その問いを持ち続ける先生のそばで、
生徒さんは育ちます。

答えは一つではありません。
でも、問いを持っているかどうかが、
指導の深さに現れてきます。

音楽教育に関わるすべての方と、
この問いを一緒に持ち続けたいと思っています。

Music Space サヴァサヴァ
   野口 尚宏

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