「〜教室」でも「〜スクール」でもない理由
うちの名前は、
「Music Space サヴァサヴァ」といいます。
音楽教室でも、
ミュージックスクールでもありません。
これは、なんとなく
おしゃれにしたかったわけでは
ありません。
スペース、つまり「場所」
としたかったのです。
教える人がいて、教わる人がいる。
そういう構造の場所ではなく、
ただ、人が音楽と一緒にいられる場所。
正直に言えば、
そこに私自身の居場所も
作りたかったからです。
音楽は、技術だけの問題ではない
ここで大切にしていることが、
三つあります。
相手を否定しないこと。
相手を尊重すること。
そして、自分の考えも
しっかり伝えること。
この三つは、
並べてみると当たり前に見えますが、
同時に成り立たせるのは
とても難しいことです。
相手を尊重しようとすると、
自分を引っ込めてしまう。
自分を出そうとすると、
相手を否定してしまう。
どちらかに偏るのが、
人間の自然な姿です。
でも、音楽は
この三つを同時に要求してきます。
相手の音を聴き、受け止め、
その上で自分の音を出す。
それを、演奏している間ずっと
続けなければならない。
音楽が人を育てるというのは、
こういうことだと思っています。
世の中には、椅子の数が決まっている
ここから、少し社会の話をします。
どんなコミュニティにも、
キャパシティというものがあります。
置ける椅子の数には、
限りがあるのです。
そして、その椅子の数と、
そこにいたい人の数は、
一致しません。
人は、人気のあるところ、
安定しているところに集まります。
それは自然なことですし、
誰も責められません。
でも、その結果として、
座れない人が出てきます。
能力が足りないからでも、
努力が足りないからでもありません。
ただ、椅子が埋まっていた。
それだけのことです。
誰にでも、
そういう時期は訪れます。
居場所は、探すより作るほうが早いこともある
座れなかったとき、
私たちは別の場所を探します。
でも、探し続けても、
どこも満席かもしれません。
だから、私はこう考えました。
今ある場所だけに
依存しなくてもいいのではないか。
一人ひとりが、
小さくてもいいから
場所を作る意識を持てば、
世の中の椅子の総数が増えていく。
これは、優しさの話ではなく、
単純な足し算の話です。
椅子が増えれば、
座れる人が増える。
その意識が広がったとき、
世の中は自然と
豊かになっていくのだと思います。
サードプレイス、という考え方
社会学に、
サードプレイスという言葉があります。
第一の場所は、家。
第二の場所は、職場や学校。
そして第三の場所が、
そのどちらでもない居場所です。
家では、親や配偶者という役割がある。
職場では、肩書きや立場がある。
サードプレイスには、
それがありません。
誰の何でもない、
ただの自分でいられる場所。
かつては、
喫茶店や銭湯や町の集まりが
その役割を果たしていました。
今、そういう場所は
ずいぶん減ってしまいました。
だからこそ、
音楽を通してそれを作れないかと
考えているのです。
音楽は、居場所になりやすい
音楽は、居場所として
とても優れた性質を持っています。
年齢も、職業も、
これまでの経歴も関係ありません。
一緒に音を出せば、
それだけでその場が成立します。
言葉で自己紹介しなくても、
音がその人を語ってくれる。
そして音楽には、
上下がありません。
上手い人が偉いのではなく、
その場に必要な音を出せる人が
その瞬間の主役になります。
だから音楽の場では、
誰もが役割を持てるのです。
ここは、私自身の居場所でもあります
最後に、正直なことを書きます。
私はここを、
誰かに居場所を与える場所として
作ったわけではありません。
私自身が、
ここに居たかったのです。
だからここには、
教える側と教わる側という
上下の関係はありません。
同じ場所に居合わせて、
一緒に音を出している。
それだけです。
そう考えているから、
「教室」という言葉が
どうしても使えませんでした。
あなたの椅子を、置いています
もし今、
どこにも座れていないと
感じている方がいたら。
それは、あなたに
問題があるからではありません。
ただ、椅子が足りていないだけです。
そして、一人で居場所を探し続けるのは、
思っている以上に消耗します。
「ここに座っていいですよ」と
言ってくれる場所が一つあるだけで、
人はずいぶん呼吸が楽になります。
サヴァサヴァは、
大阪の岸和田にある
小さな場所です。
大したことはできませんが、
椅子を一つ、
ここに置いています。
音楽と一緒に、
ここに座ってみませんか。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

