毎日の中で、自分の音が遠くなることはありませんか
毎日を過ごしていると、
いくつもの役割を背負っていることがあります。
仕事をする人。
家族を支える人。
誰かに気を配る人。
責任を果たそうとする人。
その一つひとつは、
きっと大切なものなのだと思います。
でも、その役割を続けているうちに、
ふと、自分の本当の声が遠くなることはないでしょうか。
本当は何を感じているのか。
何に心が動いているのか。
今、自分はどんな音を出したいのか。
そういうことを、
後回しにしてしまう日もあるかもしれません。
音楽は、
そんな日常の中で、
少しだけ自分に戻る時間になることがあります。
誰かのために整えた顔ではなく、
評価されるための姿でもなく、
今の自分の音に、そっと耳を澄ませる時間です。
役割を脱いだあとに残るもの
人は、役割の中で生きています。
それは悪いことではありません。
誰かに必要とされること。
責任を持って動くこと。
その場にふさわしい自分でいようとすること。
そういう姿勢が、
日々の暮らしを支えていることもあります。
ただ、いつもそのままだと、
自分が何を感じているのかが、
少し見えにくくなることがあります。
音楽の前に座るとき、
あるいはマイクの前に立つとき、
その役割を少しだけ横に置いてみる。
うまく弾く人でなくてもいい。
立派に歌う人でなくてもいい。
いつも強くいられる人でなくてもいい。
ただ、今ここにいる自分として、
一つの音を出してみる。
そのとき、
役割の奥に隠れていた自分が、
少しだけ顔を出すことがあるのではないでしょうか。
自分の音に戻るということ
自分の音に戻る、と言っても、
特別な音を出すことではないのだと思います。
誰かを驚かせる音。
評価される音。
正しく整った音。
もちろん、それらを目指す時間も大切です。
でも、それだけではない音があります。
少し疲れている日の音。
懐かしさが混ざった音。
うまく説明できない気持ちが、そっとにじむ音。
そういう音も、
今の自分から出ている音です。
音楽をしていると、
その音を無理に飾らずに聴ける瞬間があります。
今日は少し硬い。
今日は少し静か。
今日は、なぜかこの響きに心が止まる。
そんなふうに自分の音を聴いていると、
日常の中で見失っていた自分の輪郭が、
少しずつ戻ってくることがあります。
音楽をしているとき、少しだけ素直になれる
言葉では言いにくいことがあります。
疲れたと言いにくい。
寂しいと言いにくい。
本当は嬉しかったと言いにくい。
誰かにわかってほしかったと言いにくい。
そういう気持ちは、
日常の会話の中では、
つい飲み込んでしまうことがあるかもしれません。
でも音楽の中では、
少し違う形で外へ出てくることがあります。
一音を少し長く伸ばす。
フレーズの終わりを急がない。
歌詞の一言を、少しだけやわらかく置く。
それだけで、
言葉にできなかったものが、
音の中に少しだけ現れることがあります。
音楽は、
自分をさらけ出す場所というより、
自分を責めずに出会い直す場所なのかもしれません。
だから、音楽をしているとき、
少しだけ素直になれる人もいるのではないでしょうか。
上手くなるためだけではなく、自分に戻るために
音楽を学ぶとき、
上達したいと思うのは自然なことです。
もっと弾けるようになりたい。
もっと歌えるようになりたい。
もっと自由に表現したい。
その気持ちは、
音楽を続ける力になります。
ただ、音楽は、
上手くなるためだけのものではありません。
自分が何に心を動かされるのかを知ること。
誰かの正解ではなく、
自分の耳で音を選ぶこと。
日常の中で置き去りにしていた気持ちを、
一つの音として見つめてみること。
そういう時間も、
音楽の大切な役割なのだと思います。
効率よく上達することだけを考えていると、
この静かな時間を見落としてしまうことがあります。
でも、本当はその時間の中にこそ、
自分の音が育っていく入口があるのかもしれません。
自分のために音を鳴らす時間
誰かのために頑張る時間は、
日常の中にたくさんあります。
誰かに合わせる。
誰かを支える。
誰かの期待に応えようとする。
それも大切なことです。
けれど、いつもそれだけだと、
自分の音を聴く時間がなくなってしまうことがあります。
音楽をしている時間は、
ほんの少しだけ、
自分のために使ってもいい時間です。
今日は何を弾きたいのか。
どんな声で歌いたいのか。
どの響きに、今の自分が立ち止まるのか。
そうやって音を聴いていくと、
外側の役割ではなく、
内側の自分に触れる瞬間があります。
その時間は、
派手な成果には見えないかもしれません。
でも、自分自身を取り戻すためには、
とても大切な時間なのではないでしょうか。
音楽は、帰ってこられる場所になる
日常の中で、
自分を見失うことがあっても。
役割に追われて、
自分の気持ちが後回しになる日があっても。
音楽の前に戻ると、
少しだけ呼吸が変わることがあります。
一つの音を出す。
その音を聴く。
もう一つ、今の自分に近い音を探してみる。
それだけで、
遠くに行っていた自分が、
少し戻ってくることがあります。
音楽は、
何かを証明するためだけの場所ではありません。
自分の音に帰ってくるための場所にもなります。
もし、毎日の役割の中で、
自分の声や自分の音が少し遠くなっているなら、
レッスンやセッションの中で、
その音を一緒に聴き直してみませんか。
うまく整えることだけを急がず、
今のあなたの音に戻る時間を、
一緒に味わっていけたらと思います。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

