覚えたフレーズを、もう一度聴き直す

暖かな光の部屋で、大人の女性が一台のアップライトピアノの前に座り、覚えたフレーズが本当に自分の音になっているかを確かめるように鍵盤へ耳を澄ませている水彩アニメ風イラスト。鍵盤の上には似た形の黄金のフレーズがいくつか漂い、その中の一つがやわらかく曲がり、より個人的で温かな響きへ変わり、下部中央に「覚えたフレーズを、自分の音へ。」という白い文字が入っている。

そのフレーズは、今の自分の声になっているでしょうか

ジャズを学んでいると、
かっこいいフレーズに出会うことがあります。

この音の並びを弾けたら、
少しジャズらしく聴こえるかもしれない。

このコードの上で、
このフレーズを使えば、
うまく聴こえるかもしれない。

そんなふうに感じて、
何度も練習した経験はないでしょうか。

フレーズを覚えることは、
決して悪いことではありません。

むしろ、語法を知らずに自由になろうとしても、
音楽の中で迷ってしまうことがあります。

ただ、覚えたフレーズが弾けるようになったあと、
もう一つ大切な問いが残るのではないでしょうか。

そのフレーズは、
今の自分の声になっているのか。

それとも、まだ誰かの言葉を、
きれいになぞっているだけなのか。

その違いに耳を澄ませるところから、
自分の音は少しずつ育っていくのだと思います。

借りてきた言葉も、最初は必要かもしれない

音楽を学ぶとき、
最初からすべてを自分の言葉で話すことは難しいものです。

話し言葉でも、
最初は誰かの言い方を真似します。

親の言葉。
先生の言葉。
本で読んだ言葉。
誰かが使っていた印象的な言い回し。

そういうものを受け取りながら、
少しずつ自分の話し方ができていきます。

音楽も、どこか似ています。

憧れた演奏家のフレーズ。
教材で覚えた定番の言い回し。
動画で見た手の動き。
セッションで誰かが使っていた音の運び。

それらを真似することは、
音楽の入り口として大切です。

借りてきた言葉があるから、
自分では思いつかなかった響きに出会えることがあります。

ただ、借りてきた言葉を、
ずっと借りもののままにしておくと、
どこかで音が遠く感じられることがあります。

弾けているのに、
自分の中に残らない。

合っているのに、
腑に落ちない。

そこに気づくことも、
音楽を深める大切な入口なのかもしれません。

同じフレーズでも、置き方で表情は変わる

同じフレーズを弾いても、
人によってまったく違って聴こえることがあります。

音の高さは同じ。
リズムの形も同じ。
コードの上で使っている音も同じ。

それでも、
なぜか印象が違う。

そこには、
音符には書ききれないものが含まれています。

最初の音を、
どれくらいの強さで置くのか。

次の音へ、
どれくらい急ぐのか。

最後の音を、
どこまで聴いてから手放すのか。

ほんの少し待つのか。
少し前へ出るのか。
やわらかくほどくのか。
強く言い切るのか。

その小さな選び方の中に、
その人の気配が出てきます。

フレーズは同じでも、
置き方が変わると、
音楽は別の表情を持ち始めます。

自分の音を持つということは、
必ずしも新しいフレーズを作り続けることではないのかもしれません。

すでにある音を、
自分の耳と身体で、
もう一度置き直していくことでもあるのだと思います。

耳が納得していない音は、どこか急いで聴こえる

覚えたフレーズを使うとき、
どこか急いでしまうことはないでしょうか。

ここで使わなければ。
今この形を入れなければ。
せっかく覚えたのだから、出さなければ。

そう思うほど、
音が少し前のめりになることがあります。

フレーズそのものは間違っていないのに、
なぜか音楽の流れに馴染まない。

そういうとき、
もしかすると耳がまだ納得していないのかもしれません。

この音は、今ここで本当に必要なのか。

このフレーズは、
今鳴っている音楽に反応して出てきたのか。

それとも、
覚えたものを当てはめようとしているだけなのか。

その違いは、
弾いている本人には見えにくいこともあります。

だからこそ、
一度音を止めて聴いてみる時間が必要になるのではないでしょうか。

使えるフレーズを増やすことも大切です。

でも、それ以上に、
今そのフレーズを使いたいと感じているのかを、
自分の耳で確かめることも大切なのだと思います。

フレーズを減らすことで、自分の音が見えることもある

たくさんのフレーズを覚えると、
音楽が豊かになるように感じることがあります。

もちろん、語彙が増えることは大切です。

使える音が増え、
選べる道が増え、
表現できる幅も広がっていきます。

ただ、ときには、
音を増やすことよりも、
一度減らしてみる方が見えてくるものがあります。

いつも使っているフレーズを、
あえて使わない。

速い音の並びをやめて、
一音だけ長く聴いてみる。

知っている言い回しに逃げず、
今鳴っているコードの中で、
自分が本当に聴きたい音を探してみる。

そうすると、
最初は少し不安になるかもしれません。

何を弾けばいいのか分からなくなる。

自分の中に、
何も残っていないように感じる。

でも、その静けさの中で、
本当に自分が聴いている音が、
少しずつ見えてくることがあります。

たくさん弾くことで見える自分もあれば、
弾かないことで見えてくる自分もあります。

フレーズを減らすことは、
表現を小さくすることではなく、
自分の耳を前に出すことなのかもしれません。

ジャズらしさは、入口であって終着点ではない

ジャズらしい音を知ることは、
とても大切です。

ジャズらしいリズム。
ジャズらしいコード。
ジャズらしいフレーズ。
ジャズらしい間の取り方。

そういうものを学ぶことで、
音楽の景色が広がります。

今まで見えなかった道が見えてきたり、
今まで聴こえなかった響きに気づいたりすることもあります。

でも、ジャズらしさは、
そこに留まるためのものではないのだと思います。

それは入口です。

その入口を通った先で、
自分は何を聴いているのか。

どんな音に立ち止まり、
どんな響きに心が動くのか。

そこを探していくことで、
ジャズらしさは少しずつ、
自分の音へ変わっていきます。

過去の語法を学ぶことは、
過去の中に閉じこもることではありません。

今の自分の耳で、
もう一度音を選び直すための時間なのだと思います。

自分の耳で聴き直す時間を持つ

フレーズを覚えること。
語法を学ぶこと。
ジャズらしい響きに触れること。

それらは、音楽を深めるための大切な入口です。

ただ、その先で、
一度立ち止まって聴き直してみることも必要なのではないでしょうか。

この音は、自分にとってどう聴こえるのか。

このフレーズは、
今の自分の呼吸に合っているのか。

この響きは、
誰かの借りもののままなのか、
少しずつ自分の言葉になり始めているのか。

そうやって確かめていく時間の中で、
音楽は少しずつ、自分のものになっていきます。

もし、覚えたフレーズがどこか借りもののように感じているなら、
レッスンやセッションの中で、
その音を一緒に聴き直してみませんか。

ジャズらしさを入口にしながら、
その先にあるあなた自身の音を、
一緒に探していけたらと思います。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

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