正しく弾けているのに、どこか自分の音ではない
楽譜どおりに弾けている。
リズムも大きく外れていない。
先生に言われたことも、だいたい守れている。
それなのに、
どこか自分の中で腑に落ちないことはないでしょうか。
間違っているわけではない。
でも、しっくりきているとも言い切れない。
そんな音が、
自分の指や声から出てくることがあるかもしれません。
音楽には、
正解に近づく練習があります。
でも、正解に近づくだけでは、
まだ自分の音になりきらないこともあるのではないでしょうか。
その音を、
なぜ自分が選んだのか。
その弾き方を、
なぜ今の自分が必要だと感じたのか。
そこに小さな納得が生まれたとき、
音は少しずつ、借りものではなくなっていきます。
正解は、外側から与えられることがある
音楽を学ぶとき、
正解はとても大切です。
音程。
リズム。
コード。
フォーム。
フレーズの流れ。
それらを何も知らずに、
ただ自由に弾こうとしても、
かえって迷ってしまうことがあります。
だから基礎も、理論も、練習も必要です。
音楽理論は、
自由を奪うものではなく、
迷ったときに戻ってこられる地図のようなものです。
ただ、その地図を見ているだけでは、
まだ実際に歩いたことにはなりません。
先生に言われたから。
楽譜に書いてあるから。
理論上はそうだから。
もちろん、それも大切な入り口です。
でも、いつかどこかで、
「自分はなぜこの音を選ぶのだろう」と
立ち止まる時間が必要になるのかもしれません。
腑に落ちる音は、身体の中に残る
頭では分かっているのに、
音にするとどこかぎこちない。
そんな経験はないでしょうか。
コードの説明は聞いた。
スケールの名前も知っている。
どの音を使えばよいかも、なんとなく分かっている。
それでも、
実際に弾いてみると、
自分の中でまだつながっていない感じがする。
それは、理解が足りないというより、
まだ身体の中に降りてきていないだけなのかもしれません。
腑に落ちる音は、
ただ頭で覚えた音とは少し違います。
指がその音を覚えている。
耳がその響きを知っている。
身体が、その音の行き先を少し感じている。
そうなったとき、
同じ一音でも、
出てくる場所が少し変わります。
正しいから出す音ではなく、
自分の中で納得して置く音になるのです。
誰かの正解をなぞるだけでは、音が遠く感じることがある
上手な人の演奏を聴いて、
同じように弾いてみたくなることがあります。
それは、とても自然なことです。
憧れの音を真似することから、
学べることはたくさんあります。
でも、どこかの時点で、
その音が自分の身体には少し合わないと感じることもあるかもしれません。
その人には自然な間。
その人には似合う強さ。
その人の人生から出てきた音色。
それをそのまま自分に移そうとしても、
どこかで少し無理が出ることがあります。
だから、真似ることが悪いわけではありません。
真似たあとに、
自分の耳で確かめてみることが大切なのだと思います。
この音は、自分の中で響いているだろうか。
この間は、自分の呼吸に合っているだろうか。
このフレーズは、今の自分の言葉になっているだろうか。
そうやって少しずつ確かめていくうちに、
誰かの正解だったものが、
自分の納得へと変わっていくことがあります。
納得は、自由を小さくしない
自分で選ぶというと、
何でも好き勝手に弾くことのように感じる方もいるかもしれません。
でも本当の意味で選ぶには、
少しだけ責任が伴います。
なぜその音なのか。
なぜその強さなのか。
なぜそこで黙るのか。
なぜ今、前に出るのか。
そのすべてを言葉で説明できる必要はありません。
ただ、自分の中で、
「今はこれでいきたい」と感じられること。
その小さな納得があると、
音は少し落ち着きます。
自由は、何も考えないことではありません。
自分の耳で聴き、
自分の身体で感じ、
自分の心で選んでいくこと。
その積み重ねの中で、
音楽は少しずつ自分のものになっていくのではないでしょうか。
自分で選んだ音だけが、自分の音になる
誰かに教わった音。
楽譜に書かれていた音。
理論で導かれた音。
それらは、音楽を学ぶうえで大切な道しるべです。
でも、そのままではまだ、
自分の音になる少し手前にあるのかもしれません。
そこから一度、自分の耳で聴いてみる。
本当にこの音でいいのか。
もう少し静かに置きたいのか。
少し遅らせたいのか。
思い切って前に出たいのか。
そうやって、自分の中で確かめた音は、
たとえ小さくても、
その人の音として響き始めます。
完璧でなくてもいいのだと思います。
自分で選んだ音には、
その人の気配が宿ります。
その気配こそが、
音楽をただの再現ではなく、
表現に変えていくのではないでしょうか。
正解を覚えた先で、自分の音を見つけていく
正解を知ることは、大切です。
でも、正解を覚えたあとに、
その音をどう自分の中へ通していくか。
そこから音楽は、
少しずつ深くなっていくのかもしれません。
先生に言われたからではなく、
自分の耳がそう感じたから。
理論上そうだからではなく、
今の自分にはその響きが必要だと思えたから。
そんなふうに音を選べるようになると、
演奏は少しずつ、自分の言葉に近づいていきます。
もし、正しく弾けているのにどこか腑に落ちない音があるなら、
それは失敗ではなく、
自分の音を探し始める入口かもしれません。
レッスンやセッションの中で、
その一音を一緒に聴きながら、
少しずつ納得できる響きを探してみませんか。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

