母音をはっきり言おうとして、声が浅くなることはありませんか
歌を歌うとき、
「母音をはっきり発音しなければ」と思うことはないでしょうか。
アはア。
イはイ。
ウはウ。
エはエ。
オはオ。
言葉として考えるなら、
それは当然のように感じるかもしれません。
母音が曖昧になると、
歌詞が聞き取りにくくなることがあります。
言葉の輪郭がぼやけて、
何を歌っているのかが伝わりにくくなることもあります。
だから、母音を大切にすることは必要です。
ただ、歌の中では、
母音を話し言葉の形のまま固定しすぎると、
かえって声が浅くなったり、響きが苦しくなったりすることがあります。
はっきり発音しているのに、
声が前に出ない。
言葉は明瞭なのに、
響きが細い。
音程は合っているのに、
声に深さが出にくい。
そういうとき、
母音をただ正しく言おうとする意識が、
声の響きを少し狭くしているのかもしれません。
母音は、固定された形ではなく、響きの場所でもある
母音というと、
口の形だけで決まるもののように思われることがあります。
アなら口を開く。
イなら横に引く。
ウならすぼめる。
もちろん、口の形は母音に大きく関わります。
でも、歌の響きは、
口先だけで決まるわけではありません。
喉の奥の空間。
舌の位置。
顎のゆるみ。
唇の丸み。
息の流れ。
身体の支え。
それらが少し変わるだけで、
同じ母音でも声の響きは変わります。
つまり母音は、
単なる口の形ではなく、
声がどこで響くのかを決める場所でもあるのです。
だから、歌の中では、
母音を一つの決まった形として扱うよりも、
響きのために少しずつ調整していく感覚が大切になります。
そこに、発声の奥行きがあるのではないでしょうか。
「ア」の口で、「オ」や「ウ」の奥行きを感じる
たとえば「ア」の母音を歌うとき、
口をただ大きく開ければよいとは限りません。
口は「ア」に近い形でも、
喉の奥や響きの感覚には、
少し「オ」や「ウ」の深さを混ぜる。
そうすることで、
声が広がりすぎず、
まとまりを持って響くことがあります。
反対に、
「イ」や「エ」の母音でも、
口先だけで細く作りすぎると、
声が浅く硬くなることがあります。
そこに少し「ア」や「オ」の広さを感じると、
言葉の明るさを残しながら、
声の奥行きが出てくることがあります。
これは、母音を曖昧にごまかすということではありません。
言葉としての母音を保ちながら、
声として一番よく響く場所を探すということです。
歌では、
口の形と、
喉の奥で感じている母音が、
必ずしも完全に一致しないことがあります。
その少しのずれを使えるようになると、
声はただ明るいだけでも、
ただ暗いだけでもない、
深い響きを持ち始めます。
母音を混ぜることは、声の色を調整すること
母音を混ぜるというと、
少し難しく聞こえるかもしれません。
でも、絵の具を混ぜることを考えると、
少し分かりやすいかもしれません。
赤だけでは強すぎるとき、
少し黄色を混ぜる。
青だけでは冷たすぎるとき、
少し別の色を足して深みを出す。
それと同じように、
声の母音にも、
微妙な色合いがあります。
明るいア。
深いア。
細いイ。
やわらかいイ。
開いたオ。
内側に集まるオ。
同じ母音でも、
響きの色は一つではありません。
歌では、その色合いを、
音域やフレーズや言葉に合わせて少しずつ調整していきます。
母音を混ぜることは、
言葉を崩すことではなく、
声の色を調整することなのだと思います。
高い音ほど、母音はそのままでは通りにくくなる
歌っていて、
高い音になると急に声が苦しくなることがあります。
低い音では自然に出ていた母音が、
高くなると詰まる。
同じ言葉を歌っているのに、
音域が変わるだけで、
急に響きが保ちにくくなる。
そういうことは珍しくありません。
高い音では、
話し言葉の母音の形をそのまま保とうとすると、
喉や口の中の空間が合わなくなることがあります。
そこで必要になるのが、
母音の調整です。
アを少しオに寄せる。
エを少しイやアの感覚と行き来させる。
ウを閉じすぎず、奥行きのある響きとして扱う。
そのように、
母音の形を少し変えることで、
声が無理なく流れやすくなることがあります。
これは、声を作り込むというより、
音域に合わせて響きの通り道を整えることに近いのかもしれません。
言葉の明瞭さと、声の響きのあいだで探す
母音を調整するときに難しいのは、
言葉の明瞭さとのバランスです。
響きを優先しすぎると、
何の言葉か分かりにくくなることがあります。
反対に、
言葉をはっきり言いすぎると、
声の響きが浅くなることがあります。
歌では、このあいだを探していく必要があります。
聴き手に言葉が届くこと。
でも、声の響きが止まらないこと。
母音の意味が残ること。
でも、身体の中で無理なく響いていること。
このバランスは、
頭で決めるだけではなかなか見つかりません。
実際に声を出し、
少し変え、
聴き直し、
もう一度調整していく中で、
少しずつ分かってくるものです。
そこに、ボーカルレッスンの大切な意味があります。
母音の地図を持つと、声は自由になりやすい
母音を混ぜる感覚は、
最初は少し分かりにくいかもしれません。
アなのに、オを感じる。
イなのに、少し奥を広げる。
ウなのに、閉じ込めずに響かせる。
言葉だけで聞くと、
少し矛盾しているように思えるかもしれません。
でも、声は一つの平面ではありません。
口の前で作る形と、
喉の奥で感じる空間と、
身体の中を流れる息と、
耳で聴こえる響きが重なっています。
その重なりを少しずつ整理していくと、
母音はただの発音ではなく、
声を導く地図のようになっていきます。
サヴァサヴァで大切にしている「論理という地図」は、
声にも当てはまります。
母音の仕組みを知ることは、
感覚を縛るためではありません。
むしろ、
自分の声がどこで響きやすいのかを見つけるための地図になるのです。
深い声は、力で押し出すものではない
声を深くしようとすると、
つい力で押し出そうとしてしまうことがあります。
もっと太く。
もっと強く。
もっと低く。
もっと響かせよう。
そう思うほど、
喉や身体に余計な力が入り、
かえって声が固くなることがあります。
深い声は、
必ずしも強く押し出した声ではありません。
母音が無理なく開き、
必要なところで少し丸みを持ち、
息の流れの中で自然に響いている声。
そういう声に、
深さを感じることがあります。
母音を混ぜることは、
声を太く見せるための技術ではありません。
その人の身体に合った響きの場所を探し、
声が無理なく育つための工夫なのだと思います。
母音を聴き直すと、自分の声が変わっていく
歌の練習では、
音程やリズムに意識が向きやすいものです。
合っているか。
ずれていないか。
テンポに乗れているか。
歌詞を間違えていないか。
それらはもちろん大切です。
でも、ときには、
一つの母音だけに耳を澄ませてみる時間も必要です。
このアは、明るすぎないか。
このイは、細くなりすぎていないか。
このオは、奥にこもりすぎていないか。
このウは、閉じすぎて声を止めていないか。
そうやって母音を聴き直していくと、
自分の声の癖が少しずつ見えてきます。
そして、その癖を責めるのではなく、
響きやすい方向へ少しずつ導いていく。
その積み重ねの中で、
声はゆっくり変わっていくのではないでしょうか。
母音を混ぜるところから、歌は深くなる
母音は、
歌の響きを支える大切な入口です。
けれど、母音は、
一つの固定された形ではありません。
口の形。
喉の奥の空間。
舌の位置。
息の流れ。
音域。
言葉の意味。
それらの関係の中で、
母音は少しずつ形を変えながら、
その人の声を支えています。
母音を混ぜるということは、
歌を曖昧にすることではありません。
声が一番よく響く場所を探しながら、
言葉と音を深く結びつけていくことです。
もし、発音はしているのに声が浅く感じたり、
高い音で母音が苦しくなったりするなら、
レッスンの中で、
母音の響きを一緒に聴き直してみませんか。
ア、エ、イ、オ、ウの奥にある響きの地図を、
一つずつ確かめながら、
あなたの声が自然に深くなる場所を、
一緒に探していけたらと思います。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

