なぜ、その一音に涙が出るのか
技術的に完璧で、ミスタッチも一つもない。
なのに、なぜか右から左へと聞き流してしまう演奏があります。
一方で、指は震えているし、技術的には拙い(つたない)かもしれない。
それなのに、たった一音ポーンと鳴らされた瞬間に、
胸が締め付けられるように感動してしまう演奏があります。
音楽教室をやっていると、そんな不思議な瞬間に何度も立ち会います。
その違いは、どこから来るのでしょうか?
私はそれを、その人が背負ってきた「人生の重み」だと思っています。
傷ついた数だけ、音色は優しくなる
技術は「器」、人生は「中身」
「もっと上手くなりたい」「早く指を動かしたい」
私たちはつい、目に見える技術や知識の習得に必死になります。
もちろん技術は大切です。
でも、それはあくまで料理を盛るための「器(うつわ)」に過ぎません。
その器に何を盛るのか、どんな味のスープを注ぐのか。
それこそが「人生経験」なのです。
悲しみが作る「陰影」の美しさ
辛い別れ、挫折、孤独、病気。
私たちが生きていく中で出会う「辛い経験」は、
その時は本当に苦しいものです。
できれば避けたいと思うでしょう。
しかし、音楽という表現の世界において、
それらの経験は何にも代えがたい「深み」となります。
人の痛みがわかる人は、出す音が優しいのです。
深い悲しみを知っている人は、
明るい曲を弾いても、その裏側にほんのりと切ない
「陰影(シャドウ)」を滲ませます。
その陰影こそが、聴く人の心の奥底にある傷に共鳴し、
癒やしを与えるのです。
ジャズとは、人生を語ること
「ブルース」という原点
ジャズのルーツである「ブルース」もまた、
苦しみや悲しみの中から生まれた音楽です。
彼らは、やり場のない辛さを叫びではなく「歌」に変え、
絶望を「リズム」に変えて生き抜いてきました。
だからこそ、ジャズは「人生経験の音楽」と言われます。
教科書で覚えたスケールを並べるだけでは、ジャズにはなりません。
「今日はいい天気だね」という話だけでなく、
「あの時は本当に辛かったな、でも今は笑えるよな」という、
酸いも甘いも噛み分けた大人の会話。
それがジャズのアドリブなのです。
人生の音色を鍵盤に乗せて
もしあなたが、ご自身の演奏に自信が持てないとしても、
あるいは過去に辛い経験をして「自分はボロボロだ」と感じていたとしても、
どうかそれを恥じないでください。
その傷跡やシワの一つひとつが、
あなただけの最高の「音色」になります。
楽譜という紙切れを弾くのではなく、
あなたの「人生」そのものを鍵盤に乗せてみてください。
その音は、きっと誰かの心を震わせるはずです。
Music Space サヴァサヴァで、あなたの物語を聴かせてください。
野口 尚宏

