あなたはどうやって、言葉を覚えましたか?
少し想像してみてください。
あなたが赤ちゃんだったとき、
誰かが五十音表を見せて、
「まずひらがなから覚えなさい」と
教えたでしょうか。
そんなことはありませんよね。
お母さんの声を聴いた。
周りの音を聴いた。
聴いた音を真似した。
意味がわかってきた。
自分で言葉を使い始めた。
文字を覚えたのは、
ずっとあとのことです。
言葉は、耳から始まりました。
音楽も、本来は同じはずです。
楽譜は「文字」である
楽譜は、音楽を記録するための文字です。
とても便利な道具です。
複雑な音楽を正確に伝えるために、
楽譜は欠かせない役割を果たします。
でも、「文字を読めること」と
「言葉を話せること」が違うように、
「楽譜を読めること」と
「音楽ができること」は違います。
文字を読めなくても、
流暢に言葉を話せる人はいます。
反対に、文字は読めるのに、
会話がぎこちない人もいます。
音楽も同じです。
楽譜が読めなくても、
豊かに音楽できる人がいます。
楽譜は読めるのに、
どこか音楽が生きていない人もいます。
楽譜は手段であって、
音楽そのものではないのです。
音楽は耳から始まる
子どもが言葉を覚える順番を
思い出してみてください。
まず聴く。
次に真似する。
意味が体に入ってくる。
自分の言葉として使い始める。
文字はずっと後から来る。
音楽の習得も、
本来はこの順番が自然です。
好きな曲を繰り返し聴く。
頭の中でメロディが鳴り続ける。
口ずさんでみる。
楽器で音を探してみる。
だんだん形になってくる。
その過程で、
音楽は体の中に入っていきます。
楽譜は、
もっと複雑なことをしたくなったとき、
あるいは正確に誰かに伝えたいときに
使えばいい。
言語で言えば、
小説を書くときや
公式な文書を作るときに
文字の規則が必要になる、
それと同じことです。
「楽譜がないと弾けない」は、なぜ起きるのか
「楽譜がないと弾けない」
という状態になるのは、
ある意味で自然なことです。
最初から楽譜を見て音楽を覚えてきたから、
楽譜なしでは音楽が見えなくなっている。
これは、文字を先に覚えてしまって、
文字なしでは言葉が思い出せない
状態に似ています。
でも考えてみてください。
日常会話をするとき、
あなたは頭の中で文字を思い浮かべながら
話していますか?
していないはずです。
言葉は、もっと直接的に
出てきているはずです。
音楽も、本来はそうあれるはずです。
楽譜を介さずに、
音が直接体から出てくる感覚。
それが、音楽の自然な姿です。
楽譜から離れると、何が変わるか
楽譜から目を離して演奏するとき、
最初は不安になります。
「間違えたらどうしよう」
「次の音が出てこなかったら」
そういう恐れが出てきます。
でも、その不安の向こうに
大切な体験があります。
耳が動き始める。
自分の音を聴き始める。
音楽が体から出てくる感覚が生まれる。
楽譜を追っているとき、
私たちの意識の大半は「目」にあります。
楽譜から離れたとき、
意識が「耳」と「体」に戻ってきます。
そのとき初めて、
音楽が「読むもの」から
「感じるもの」に変わります。
楽譜は、いつでも戻ってこられる
誤解しないでいただきたいのは、
楽譜を否定しているのではない、
ということです。
複雑な曲を正確に演奏したいとき、
アレンジの細部を確認したいとき、
誰かと楽曲を共有したいとき。
そういうときに、楽譜は非常に強力な道具です。
でも最初から楽譜ありきで始めるのではなく、
まず耳で音楽を体に入れてから、
必要になったときに楽譜を使う。
その順番にするだけで、
音楽との関係が
大きく変わります。
言葉を話せるようになってから
文字を学んだように、
音楽を体で感じてから
楽譜を学ぶ。
その順番が、
音楽を「演じるもの」ではなく
「生きるもの」にしてくれます。
まず、好きな音楽を耳で感じることから
「楽譜がないと弾けない」と
感じている方へ。
楽譜は、後からいつでも使えます。
でも今この瞬間、
楽譜を置いて
好きな音楽をただ聴いてみてください。
メロディを口ずさんでみてください。
リズムを体で感じてみてください。
その感覚のまま、
楽器に向かってみてください。
それが、音楽の本来の入り口です。
楽譜から離れることが怖い方、
耳で音楽を捉える感覚を
一緒に育てたい方は、
ぜひ一度スタジオへ来てみてください。
あなたの中にある音楽を、
耳と体で引き出していきましょう。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

