楽譜や歌詞を見ていると、自分の音が遠くなることはありませんか
ピアノを弾くとき、
楽譜を見ながら演奏することがあります。
歌を歌うとき、
歌詞を見ながら歌うことがあります。
最初は、それでよいのだと思います。
曲の流れを知る。
歌詞を覚える。
コードや構成を確認する。
どこで音が動くのかを理解する。
そういう段階では、
目で確認することも大切です。
ただ、いつまでも視覚に頼っていると、
自分が出している音から、
少し離れてしまうことがあります。
目は、強い感覚です。
楽譜の音符を追う。
歌詞の文字を追う。
次の小節を探す。
間違えないように確認する。
その処理に意識が向かうほど、
耳で今の音を受け取る力が、
少し後ろへ下がってしまうことがあります。
音楽は、目で確かめるものでもあります。
でも最後には、
耳と身体で覚えていくものではないでしょうか。
楽譜や歌詞は、入口であって居場所ではない
楽譜は、音楽を理解するための大切な入口です。
歌詞も、言葉の意味や物語を知るために欠かせません。
それらを軽く見てよいということではありません。
ただ、楽譜や歌詞は、
音楽そのものではありません。
そこに書かれているのは、
音になる前の手がかりです。
その手がかりを受け取ったあと、
自分の耳で聴き、
自分の身体で響かせ、
自分の手や声で確かめていく。
そこから、音楽は少しずつ生きたものになっていきます。
楽譜を読むことも、
歌詞を見ることも、
最初は必要です。
でも、どこかの段階で、
そこから目を離してみる時間も必要になります。
目を離したとき、
初めて自分の音が近くに戻ってくることがあるのです。
ピアノの音色は、耳と指で覚えていく
ピアノは、鍵盤を押せば音が出る楽器です。
だから、一見すると、
誰が弾いても同じように音が出るように思えるかもしれません。
でも実際には、
同じ鍵盤を弾いても、
音色は少しずつ変わります。
指が鍵盤に触れる深さ。
重さの乗せ方。
音を出す前の準備。
鍵盤から離れる瞬間。
次の音へ移る身体の流れ。
そういう小さな違いが、
音の質に関わってきます。
その違いは、
楽譜を見ているだけでは分かりにくいものです。
鍵盤に触れたときの感触。
指先に返ってくる重さ。
音が鳴った瞬間の響き。
部屋の中に広がる余韻。
それを耳と指で受け取ることで、
自分にとって良い音の出し方が、
少しずつ身体に残っていきます。
ピアノの音色は、
頭で知るだけではなく、
触れて、聴いて、覚えていくものなのだと思います。
声は、耳だけでなく身体の内側でも聴いている
歌の場合、
自分の声は外からだけ聴こえているわけではありません。
声を出しているとき、
声帯は震えています。
喉の奥に響きがあります。
口の中の空間が変わります。
胸や頭の中に、
振動のような感覚が生まれることもあります。
歌っている人は、
耳で自分の声を聴いていると同時に、
身体の内側でも声を感じています。
この内側の感覚は、
発声にとってとても大切です。
どこで声が詰まるのか。
どこで響きが広がるのか。
どの母音で喉が狭くなるのか。
どの息の流れで声が安定するのか。
それは、文字を見ているだけでは分かりません。
歌詞から少し目を離し、
自分の声が身体の中でどう響いているのかを感じる。
その時間の中で、
声は少しずつ自分のものになっていくのではないでしょうか。
見ることに集中すると、聴くことが遅れる
楽譜や歌詞を見ながら演奏していると、
どうしても意識は先へ行きます。
次の音。
次の言葉。
次のコード。
次の小節。
目は、次に何が来るかを探しています。
もちろん、それは演奏に必要なことです。
けれど、その意識が強くなりすぎると、
今鳴った音を聴くことが遅れてしまいます。
今の音は硬かったのか。
柔らかかったのか。
響きが残ったのか。
息が止まったのか。
鍵盤に触れた感覚はどうだったのか。
そういう情報は、
音が出た瞬間にしか受け取れないものです。
音楽は、次を読む力だけではなく、
今鳴った音を受け取る力によって育っていきます。
目が先へ行きすぎると、
耳と身体が、
今ここから少し遅れてしまうことがあるのです。
暗譜は、覚えるためだけのものではない
楽譜や歌詞を見ずに演奏するというと、
暗譜しなければいけない、と思うかもしれません。
もちろん、曲を覚えることは必要です。
でも、暗譜の意味は、
ただ記憶することだけではありません。
目で確認しなくても、
耳と身体で音楽の流れを感じられるようになること。
次の音を、
楽譜の位置ではなく、
響きの流れとして感じられるようになること。
歌詞を、
文字列としてではなく、
息と言葉の流れとして身体に入れていくこと。
そこに、暗譜の本当の意味があるのだと思います。
見ないで弾くこと。
見ないで歌うこと。
それは、記憶力を試すためではありません。
自分の耳と身体に、
音楽を戻すための大切な練習なのではないでしょうか。
良い音は、外側の正解ではなく、内側の感覚から育つ
良い音を出したいと思うと、
つい外側に正解を探したくなります。
正しい指の形。
正しい発声法。
正しい口の形。
正しい譜面の読み方。
そういう知識は、もちろん大切です。
でも、最終的に良い音を選んでいくのは、
自分の耳と身体です。
今の声は、身体の中で無理なく響いているか。
今のピアノの音は、
指先の感触と耳に残る響きがつながっているか。
自分が出した音を、
自分で受け取れているか。
そこを感じられるようになると、
音は少しずつ変わっていきます。
正しい形を覚えることも大切です。
けれど、形だけを守っていても、
自分の音にはなりにくいことがあります。
良い音は、
外側から与えられるだけではなく、
自分の内側で感じ取りながら育てていくものなのだと思います。
耳と身体がそろったとき、音は自分のものになる
音楽を深くするには、
耳で聴くことが大切です。
でも、耳だけでなく、
身体の感覚も同じくらい大切です。
声を出しているときの、
喉や口の中の響き。
息が流れている感覚。
鍵盤に触れたときの、
指先の重さや深さ。
音が鳴ったあとに、
空間に残る余韻。
それらが少しずつつながってくると、
音はただの情報ではなくなります。
自分の身体を通って出てきた、
自分の音になります。
楽譜や歌詞を離れることは、
音楽を曖昧にすることではありません。
むしろ、
目に頼りすぎていた音楽を、
耳と身体へ戻していくことです。
目を離すと、音楽が近くなる
楽譜や歌詞は、
音楽へ入るための大切な手がかりです。
でも、音楽が本当に自分のものになっていくには、
そこから少しずつ目を離していく時間が必要になります。
耳で聴く。
声の震えを感じる。
喉や口の中の響きを感じる。
鍵盤に触れる感触を受け取る。
出した音が、
自分の身体と空間の中でどう響いているのかを確かめる。
その時間の中で、
音楽は少しずつ近くなっていきます。
もし、楽譜や歌詞を見ていると安心できる一方で、
自分の音に集中しにくいと感じているなら、
レッスンの中で、
少しずつ目を離して音を聴く時間を作ってみませんか。
耳と身体で自分の音を受け取りながら、
ピアノの音色や声の響きを、
一緒に丁寧に育てていけたらと思います。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

