話すように歌うことと、話し声で歌うことは違う

暖かな光の部屋で、大人の女性がヴィンテージマイクの前に立ち、話し言葉をそのまま歌うのではなく、息と母音の響きに乗せて歌に変えている水彩アニメ風イラスト。口元の小さな黄金の言葉の粒が、胸元や喉元のなめらかな黄金の母音の波へ変化し、背景には一台のアップライトピアノが静かに置かれている。下部中央に「話すように、でも響きで歌う。」という白い文字が入っている。

自然に歌おうとして、声が浅くなることはありませんか

歌を歌うとき、
「もっと自然に歌いたい」と思うことはないでしょうか。

作りすぎたくない。
大げさにしたくない。
言葉をそのまま届けたい。
話しかけるように歌いたい。

その感覚は、とても大切です。

歌があまりに作られすぎると、
聴き手との距離が遠くなることがあります。

けれど、そこで少し注意したいことがあります。

話すように歌うことと、
話し声のまま歌うことは、
同じではありません。

話し言葉の自然さを大切にすることと、
普段の話し声のまま音程に乗せることは、
少し違うのです。

そこを混同すると、
言葉は自然に聞こえても、
声の響きが浅くなってしまうことがあります。

歌は、話し言葉に近いようでいて、
実は声の作り方がかなり違います。

その違いを知ることが、
歌をより自由にしてくれる入口になるのではないでしょうか。

話し声は、短く消えていく声

普段の会話では、
声はそれほど長く伸びません。

言葉を伝えるために、
音はすぐに次の音へ移っていきます。

母音も長く響かせるというより、
子音や言葉の流れの中で、
短く処理されることが多いものです。

日常会話では、それで十分です。

むしろ、あまりに声を響かせすぎると、
不自然に聞こえることもあります。

でも、歌では少し事情が変わります。

歌の中では、
一つの母音を長く保つことがあります。

音程を支え、
息を流し、
響きを保ちながら、
言葉を音楽の中に置いていく必要があります。

話し声のままでは、
その長さや響きに耐えられないことがあります。

自然に歌っているつもりなのに、
声が細くなる。
音程が不安定になる。
高い音で苦しくなる。

そういうとき、
話し声の感覚のまま歌おうとしているのかもしれません。

歌う声には、母音を支える時間が必要になる

歌の声を支えているのは、
多くの場合、母音の響きです。

言葉の意味は子音や語感によって輪郭を持ちますが、
声そのものの響きは、
母音の流れの中で育っていきます。

たとえば、同じ「愛」という言葉でも、
話すときと歌うときでは、
母音の扱いが変わります。

話すときは、
短く意味を伝えれば成立します。

でも歌うときは、
その母音の中に、
音程、息、響き、感情の余韻を乗せていく必要があります。

つまり、歌では、
言葉が音楽の時間を持つのです。

その時間を支えるには、
話し声よりも安定した母音の響きが必要になります。

だから、歌うときには、
母音をただ発音するのではなく、
響きとして保つ感覚が大切になります。

話すように歌うとは、意味を自然に流すこと

では、話すように歌うとは、
どういうことなのでしょうか。

それは、話し声のまま歌うことではありません。

言葉の意味が、
自然に流れているように感じられること。

歌詞の一つひとつが、
ただ音符に貼りついているのではなく、
その人の内側から出てきた言葉のように聞こえること。

それが、話すように歌うことなのだと思います。

そのためには、
むしろ話し声よりも丁寧な準備が必要になります。

母音をどう保つのか。

子音をどのタイミングで置くのか。

息をどこで流し、
どこで少し待つのか。

言葉の抑揚を、
音楽のフレーズとしてどう生かすのか。

それらが整って初めて、
歌は自然に聞こえてきます。

自然に聞こえる歌ほど、
実はとても繊細に作られていることがあるのです。

話し声のまま歌うと、息の流れが途切れやすい

話し声では、
息は言葉ごとに細かく切れやすいものです。

会話では、
短い単位で言葉を出しても、
意味は十分に伝わります。

けれど歌では、
息の流れが音楽の流れそのものになります。

言葉ごとに息が止まると、
フレーズもそこで止まってしまいます。

一つの文としては意味が通っていても、
音楽としては途切れて聞こえることがあります。

歌う声では、
言葉を言う前に、
息の道を作っておく必要があります。

その上に母音を流し、
さらにその入口や輪郭として子音を置いていく。

この順番が崩れると、
歌は話し声に近づきすぎて、
響きが保ちにくくなります。

話すように歌うためには、
話し声よりも、むしろ息の流れを深く意識する必要があるのではないでしょうか。

自然さは、何もしないことではない

歌でいう自然さは、
何もしないことではありません。

普段の声のまま、
そのまま音程をつければ自然になる、
というわけでもありません。

むしろ、自然に聞こえるためには、
余計な力みを取り、
必要な支えを残す必要があります。

母音が安定していること。

息の流れが止まらないこと。

子音が言葉の輪郭を作りながら、
声の響きを邪魔しないこと。

言葉の意味と、
音楽の流れが同じ方向を向いていること。

そういういくつもの要素が重なったとき、
歌は自然に聞こえてきます。

自然に聞こえる歌は、
実は自然に任せっぱなしの歌ではないのかもしれません。

身体の使い方と、
言葉の扱いと、
音楽の流れが、
静かに整っている歌なのだと思います。

話す言葉を、歌う響きへ変えていく

歌詞は、言葉です。

けれど歌の中では、
その言葉はただの会話ではなくなります。

音程を持ち、
リズムを持ち、
響きを持ち、
余韻を持ちます。

話す言葉が、
歌う響きへ変わっていくのです。

その変化の中で、
言葉の意味も少し深くなります。

同じ一言でも、
話すときには通り過ぎてしまう感情が、
歌になることで、
少し長く心に残ることがあります。

それは、言葉が声の響きに支えられているからです。

話すように歌うとは、
言葉を軽く扱うことではありません。

むしろ、言葉を音楽の時間の中で、
もう一度深く響かせることなのではないでしょうか。

歌う声を育てると、言葉も変わって聞こえる

声の響きが変わると、
同じ歌詞でも印象が変わります。

浅い声で歌うと、
言葉が少し急いで聞こえることがあります。

響きが安定してくると、
言葉に余裕が生まれます。

息が流れると、
フレーズが一つの流れとして伝わります。

母音が整うと、
言葉の奥にある感情が、
声の中に残りやすくなります。

つまり、歌詞を伝えるためには、
言葉だけを練習すればよいわけではありません。

声そのものを育てることが、
言葉を深く届けることにもつながります。

話すように歌うためには、
話し声の自然さを大切にしながら、
歌う声の響きを育てていくことが必要なのだと思います。

自然な歌は、話し声を超えたところにある

話すように歌うことは、
歌を会話に近づけることではありません。

話し言葉の親しみやすさを持ちながら、
歌としての響き、息、母音の流れを失わないこと。

そこに、自然な歌の難しさがあります。

話し声のまま歌えば、
一見自然に聞こえるかもしれません。

でも、そこに響きが育っていなければ、
歌としては少し届きにくくなることがあります。

反対に、声だけを作りすぎると、
言葉の自然さが失われることもあります。

そのあいだで、
言葉と声のちょうどよい場所を探していく。

それが、歌を学ぶ大切な時間なのだと思います。

もし、自然に歌おうとして声が浅くなったり、
発声を意識すると言葉が不自然になったりするなら、
レッスンの中で、
その間にある響きを一緒に探してみませんか。

話し言葉の自然さを大切にしながら、
歌として届く声へ。
その小さな違いを、一緒に聴いていけたらと思います。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

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