みんな同じフレーズを弾いているように感じることはありませんか
今は、音楽の情報がとても簡単に手に入る時代です。
動画を見れば、
誰かが使っているフレーズをすぐに学ぶことができます。
SNSを開けば、
短い時間で印象的な演奏に出会うこともできます。
教材やオンライン講座も増え、
昔なら長い時間をかけて探していた語法が、
今ではすぐ目の前に並んでいます。
それは、とても便利なことです。
学びたい人にとって、
入口が増えたことは大きな助けになります。
ただ、その便利さの中で、
ふと立ち止まりたくなることはないでしょうか。
みんなが同じようなフレーズを弾いている。
同じようなコードの当て方をしている。
同じような「ジャズらしさ」を、
同じような形でなぞっている。
そう感じるとき、
音楽は少しだけ窮屈に見えることがあります。
学ぶことは大切です。
でも、学んだものをただなぞるだけでは、
自分の音にはなりにくいのかもしれません。
語法を学ぶことと、自分の耳を失うことは違う
ジャズを学ぶとき、
語法を知ることはとても大切です。
どんなフレーズが使われてきたのか。
どんなコード進行の上で、
どんな音が選ばれてきたのか。
リズムをどう感じ、
どこに重心を置き、
どこで少し前へ出るのか。
そういうことを学ぶことで、
音楽の地図が少しずつ見えてきます。
サヴァサヴァで大切にしている「論理という地図」も、
自由を縛るためのものではありません。
迷ったときに、
自分がどこにいるのかを確かめるためのものです。
ただ、地図を持つことと、
誰かが歩いた道だけを進むことは、
少し違うのではないでしょうか。
語法を学ぶことは、
自分の耳を失うことではありません。
むしろ、学んだ語法を通して、
自分の耳が何に反応するのかを確かめていくこと。
そこから、自分の音が少しずつ育っていくのだと思います。
ジャズらしさを守るだけでは、ジャズは止まってしまう
ジャズらしいフレーズ。
ジャズらしいコード。
ジャズらしいリズム。
そういうものに憧れることがあります。
初めてそれを知ったとき、
今まで聴いていた音楽とは違う扉が開くように感じることもあるでしょう。
でも、ジャズは本来、
「ジャズらしさ」をそのまま保存するためだけの音楽ではないのではないでしょうか。
過去の語法を学びながら、
そこに留まらない。
先人たちの音に耳を澄ませながら、
それを今の自分の身体と耳に通して、
もう一度選び直していく。
そこに、ジャズの面白さがあるのだと思います。
もしジャズが、
決まった言い回しを正しく再現するだけのものなら、
それは少し窮屈です。
ジャズは、
ジャズらしさを学んだうえで、
その先にある次の音を探していく音楽なのではないでしょうか。
パーカーも、マイルスも、キースも、次の音を探した人だった
ジャズの歴史を振り返ると、
大きな存在として語られる人たちは、
ただ過去の形を守った人ではありません。
チャーリー・パーカーは、
それまでの語法を受け取りながら、
まったく違うスピードと響きで、
音楽の景色を変えていきました。
マイルス・デイヴィスは、
ひとつのスタイルに留まることなく、
音数を減らし、空間を作り、
時代ごとに違う音を探し続けました。
キース・ジャレットは、
即興の中で、
クラシックでもジャズでもないような、
その瞬間にしか生まれない音を探していました。
もちろん、私たちがその人たちと同じことをする必要はありません。
ただ、そこから感じ取れることがあります。
ジャズとは、
決まったジャズらしさを守ることだけではなく、
今ここで自分が本当に聴いている音へ向かうことなのではないか。
過去を学ぶことは、
過去に閉じこもるためではありません。
次の音を探すために、
過去の音を深く聴くのだと思います。
自分の音は、すぐには見つからない
自分の音を持つ、と言われると、
何か特別な個性を出さなければいけないように感じる方もいるかもしれません。
誰にも似ていない音。
すぐに人を驚かせる音。
強く主張できる音。
でも、自分の音は、
最初からはっきりした形で現れるものではないのだと思います。
誰かのフレーズを真似してみる。
その中で、
なぜか自分にはしっくりこない部分に気づく。
反対に、
なぜか何度も弾きたくなる一音に出会う。
そういう小さな違和感や納得の中に、
自分の音の芽があるのかもしれません。
自分の音とは、
誰とも違うものを無理に作ることではありません。
学んだものの中から、
自分の耳が本当に反応したものを、
少しずつ選び取っていくことなのだと思います。
便利な時代だからこそ、立ち止まる耳が必要になる
今は、正解らしいものがすぐに見つかります。
このコードにはこのフレーズ。
この曲ではこの弾き方。
このジャンルでは、このニュアンス。
そういう情報が、
驚くほど速く届きます。
それは学びの助けになります。
ただ、その速さに流されすぎると、
自分の耳が何を感じているのかを、
後回しにしてしまうことがあります。
本当にこの音が好きなのか。
このフレーズは、
今の自分の呼吸に合っているのか。
この弾き方は、
自分が伝えたいものとつながっているのか。
そういう問いを持たないまま進むと、
音はどこか借りもののままになることがあります。
便利な時代だからこそ、
一度立ち止まって聴く耳が必要になるのかもしれません。
ジャズは、型の先に自由を探す音楽
型を知らずに自由になることは、
とても難しいことです。
リズムの感じ方。
コードの響き。
フレーズの流れ。
アンサンブルの呼吸。
それらを学ぶことで、
音楽の中で迷わずに立てる場所が増えていきます。
けれど、型は終着点ではありません。
型を身につけたあと、
その中で何を選ぶのか。
どこで少し外れるのか。
どの音に、自分の気配を置くのか。
そこから、音楽は本当の意味で自分のものになっていきます。
ジャズらしさを学ぶことは、
ジャズらしく弾くためだけではありません。
その先で、
自分の耳がどんな音を選ぶのかを知るためでもあります。
美しい型を身につけ、
その先にある自由へ向かう。
そこに、ジャズを学ぶ深さがあるのではないでしょうか。
自分の音を探す時間を、一緒に持つ
同じフレーズを学ぶことから始めても、
そこに留まる必要はありません。
ジャズらしさを知ることから始めても、
それをそのまま守り続けるだけが音楽ではありません。
この音は、自分にとってどう聴こえるのか。
このフレーズは、
今の自分の言葉になっているのか。
このリズムは、
自分の身体の中でどう揺れているのか。
そうやって一つずつ確かめていく時間が、
自分の音を育てていくのだと思います。
もし、学んだフレーズがどこか借りもののように感じているなら、
レッスンやセッションの中で、
その音を一緒に聴き直してみませんか。
ジャズらしさの中に閉じこもるのではなく、
そこを入口にして、
あなた自身の音へ向かう時間を、
一緒に育てていけたらと思います。
Music Space サヴァサヴァ
野口 尚宏

