できないところに、その人らしさが隠れている

暖かな光の部屋で、大人の女性が一台のアップライトピアノの前に静かに座り、苦手だと思っていた音に耳を澄ませるように鍵盤へ手を添えている水彩アニメ風イラスト。少し不揃いな一音から小さな黄金の光が立ち上がり、音の糸や淡い音符へ変わっていき、下部中央に「苦手な音の中に、自分らしさがある。」という白い文字が入っている。

できないところを、すぐに直そうとしていませんか

音楽を続けていると、
自分のできないところばかりが気になることはないでしょうか。

リズムがうまく取れない。
声が思うように出ない。
指がなめらかに動かない。
人前に出ると、音が小さくなってしまう。

そういう部分が見えてくると、
つい「早く直さなければ」と思ってしまうかもしれません。

もちろん、練習によって整えていくことは大切です。

基礎を積み重ねることで、
できなかったことが少しずつできるようになる。
それは音楽を続ける中で、とても大切な喜びです。

でも、できないところは、
ただ消してしまえばいいものなのでしょうか。

もしかすると、その中には、
その人らしさの入口が隠れていることもあるのではないでしょうか。

苦手な音には、理由があるかもしれない

ある人は、
強く音を出すことが苦手かもしれません。

ある人は、
思い切って歌うことに少し抵抗があるかもしれません。

また別の人は、
リズムに乗ろうとすると、
どうしても前のめりになってしまうことがあるかもしれません。

それらは、表面だけを見ると、
「弱点」や「欠点」に見えます。

でも、もう少し丁寧に聴いてみると、
そこにはその人なりの理由があることがあります。

強く音を出せないのは、
相手を圧迫したくない気持ちがあるからかもしれません。

思い切って歌えないのは、
言葉を大切にしすぎて、
簡単には外へ出せないからかもしれません。

リズムが前のめりになるのは、
早く音楽の中へ入りたい気持ちが、
少し先に出てしまっているからかもしれません。

もちろん、そこで止まったままでよいという意味ではありません。

ただ、苦手な音をすぐに否定する前に、
その音がどこから来ているのかを聴いてみること。

そこに、その人らしさを育てる手がかりがあるのかもしれません。

欠点に見えるものが、音になるまで

欠点に見えるものは、
そのままでは少し扱いにくいことがあります。

音が小さすぎる。
間が空きすぎる。
感情が出すぎる。
慎重になりすぎる。

でも、それをすべて消してしまうと、
その人の大切な気配まで薄くなってしまうことがあります。

小さな音の中に、
丁寧さがあるかもしれません。

間が空くところに、
よく聴こうとする姿勢があるかもしれません。

感情が出すぎるところに、
本当に伝えたいものがあるのかもしれません。

慎重になりすぎるところに、
音を雑に扱いたくない気持ちがあるのかもしれません。

欠点に見えるものを、
ただ切り捨てるのではなく、
音楽の中でどう生かせるのかを考えてみる。

その時間の中で、
欠点だったものが少しずつ表情に変わっていくことがあります。

その人らしさは、整いすぎた場所には出にくい

すべてが整っている演奏は、
たしかに安心して聴けることがあります。

音程が合っている。
リズムが正確である。
フレーズがなめらかである。
声やタッチに無理がない。

そういう基礎は、
音楽の大切な土台です。

ただ、整っているだけでは、
なぜかその人の顔が見えにくいこともあります。

少し不器用だけれど、
丁寧に置かれた一音。

迷いながらも、
どうしてもその言葉を歌おうとする声。

リズムに少し苦労しながらも、
音楽の中へ入ろうとしている身体。

そういうところに、
その人の人間らしさがにじむことがあります。

完璧ではないからこそ、
聴いている人が、その音の奥にある気持ちを感じることもあります。

音楽は、
欠点のない人だけができるものではありません。

むしろ、まだ整いきっていない部分をどう受け止め、
どう音にしていくか。
そこに、その人だけの表現が生まれることもあるのだと思います。

直すことと、消すことは同じではない

できないところを見つけたとき、
それを直していくことは大切です。

リズムが不安定なら、
ビートとパルスのグリッドを身体に入れていく。

声が出にくいなら、
呼吸や身体の使い方を見直していく。

指が思うように動かないなら、
無理のない形で基礎を積み重ねていく。

そうした練習は、
その人の表現を支える器になります。

ただ、直すことは、
その人らしさを消すことではありません。

小さな音を、
ただ大きな音に変えることだけが目的ではない。

慎重な歌い方を、
ただ大胆にすることだけが目的ではない。

前のめりなリズムを、
ただ機械のように整えることだけが目的ではない。

その人が持っている気配を残しながら、
音楽として伝わる形へ育てていく。

それが、レッスンで本当に大切にしたいことなのだと思います。

苦手なところは、自分を知る入口になる

苦手なところに向き合うのは、
あまり楽なことではありません。

できれば見たくない。
できれば人に聴かれたくない。
できれば最初からなかったことにしたい。

そんなふうに感じることもあるかもしれません。

でも、苦手なところには、
自分の音楽を深く知るための入口が隠れていることがあります。

なぜ、そこで固くなるのか。
なぜ、そこだけ急いでしまうのか。
なぜ、その一音だけ小さくなるのか。

そうやって見つめていくと、
ただの技術不足ではなく、
音楽との向き合い方が見えてくることがあります。

怖さ。
慎重さ。
やさしさ。
焦り。
本当は出したい音。

そういうものが、
苦手な音の中に混ざっていることもあるのではないでしょうか。

そこを責めるだけで終わらせず、
少しずつ聴いていくことで、
自分の音楽の輪郭が見えてくることがあります。

その人らしさを、音として育てていく

できないところは、
恥ずかしいものに見えるかもしれません。

苦手な音は、
早くなくしたいものに感じるかもしれません。

欠点に見えるものは、
隠したくなることもあるでしょう。

でも、それをすぐに切り捨てる前に、
一度、音として聴いてみる。

そこに何があるのか。
何を守ろうとしているのか。
何がまだ形になりきっていないのか。

そんなふうに見つめていくと、
できないところの中にも、
その人らしさの芽が見えてくることがあります。

音楽は、
欠点を消して別人になるためのものではありません。

今ある自分の気配を、
少しずつ音として育てていくものでもあります。

もし、自分のできないところや苦手な音を、
ただ責めるだけになっているなら、
レッスンやセッションの中で、
その音を一緒に聴き直してみませんか。

欠点に見えるものが、
どんな表情として音楽に変わっていくのかを、
一緒に探していけたらと思います。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

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