手を止めて、周りに任せる勇気

暖かな光の部屋で、大人の演奏者たちが静かにセッションしている水彩アニメ風イラスト。中央の男性は一台のアップライトピアノの前で手を鍵盤から少し離し、周りの音に耳を澄ませている。歌う女性やベース奏者の音が黄金の糸のようにつながり、下部中央に「止まる勇気が、音楽を広くする。」という白い文字が入っている。

間違えないように弾こうとして、音楽が見えなくなることはありませんか

セッションやアンサンブルの中で、
「間違えないようにしなければ」と思うことはないでしょうか。

コードを外さないように。
リズムを乱さないように。
流れを止めないように。
周りに迷惑をかけないように。

そう思うほど、
かえって自分の音だけに意識が向いてしまうことがあります。

今、自分は合っているのか。
次に何を弾けばいいのか。
このまま進んで大丈夫なのか。

その確認で頭がいっぱいになると、
周りの音が少し遠くなってしまうことがあります。

本当は、音楽は一人で抱え込むものではありません。

特にセッションやアンサンブルでは、
自分だけの想像で音楽を進めようとすると、
どこかで限界が来ることがあります。

間違えないように弾くことよりも、
周りの音にもう一度耳を戻すこと。

そこから、音楽が動き出すこともあるのではないでしょうか。

自分の想像だけで進めると、音楽は狭くなる

頭の中で、
次にこう弾こうと決めていることがあります。

このフレーズを入れたい。
このタイミングで盛り上げたい。
ここでは、こう展開したい。

そういうイメージを持つことは、
とても大切です。

何も考えずに音を出しているだけでは、
音楽はなかなか深まっていきません。

ただ、そのイメージに強くしがみつきすぎると、
目の前で起きている音楽が聴こえにくくなることがあります。

ベースが少し違う方向へ動いている。
ドラムが別の空気を作っている。
歌う人の呼吸が、今は少し待ってほしそうにしている。

そういう変化に気づかないまま、
自分の中で決めていた道だけを進もうとすると、
音楽は少し窮屈になってしまいます。

アンサンブルは、
自分の想像をそのまま実行する場所ではありません。

自分の想像が、
他の人の音と出会って、
思っていなかった形へ変わっていく場所でもあるのだと思います。

手を止めることは、逃げることではない

演奏中に手を止めることを、
失敗のように感じる方もいるかもしれません。

弾けなくなった。
置いていかれた。
自分だけが流れから外れてしまった。

そんなふうに受け取ってしまうこともあるでしょう。

でも、手を止めることが、
いつも悪いわけではありません。

むしろ、音楽の中では、
手を止めることで見えてくるものがあります。

今、何が鳴っているのか。
誰が流れを作っているのか。
自分はどこに戻ればいいのか。

弾き続けながらでは見えなかったものが、
一度手を止めることで、
ふっと聴こえてくることがあります。

それは逃げではなく、
音楽全体へ耳を戻すための時間なのかもしれません。

弾く勇気も大切です。

でも同じくらい、
弾かずに聴く勇気も大切なのだと思います。

周りに任せてみると、音楽の広さが見えてくる

自分が弾かないと、
音楽が止まってしまうように感じることがあります。

自分が何かを出さなければいけない。
自分が流れを作らなければいけない。
自分が空白を埋めなければいけない。

そんなふうに思うと、
音を出し続けることで安心しようとしてしまうことがあります。

でも、周りには周りの音があります。

ベースが流れを支えている。
ドラムが時間を進めている。
歌が言葉の行き先を作っている。
ピアノの余韻が、まだ部屋に残っている。

そこに任せてみると、
自分が思っていたよりも、
音楽は広い場所で鳴っていることに気づくことがあります。

自分が止まっても、
音楽はすぐには消えません。

むしろ、そこに生まれた余白の中で、
誰かの音がふっと立ち上がることがあります。

それを聴いたあとで、
自分の音をもう一度置いてみる。

その一音は、
止まる前とは少し違う響きになるのではないでしょうか。

間違いは、会話の終わりではない

セッションでは、
思ったようにいかない瞬間が必ずあります。

入り損ねる。
コードを勘違いする。
リズムの感じ方がずれる。
予定していたフレーズがうまく出てこない。

その瞬間、
「間違えた」と思って、
心が固まってしまうことがあります。

でも、音楽の会話は、
そこで終わるわけではありません。

言葉の会話でも、
少し言い間違えたり、
言葉に詰まったりすることがあります。

それでも、相手が待ってくれたり、
別の言葉で受け取ってくれたりすると、
会話は続いていきます。

音楽も同じです。

一つの間違いを、
そこで終わりにするのではなく、
次にどう聴き、どう戻るか。

そこに、アンサンブルの大切な力があるのだと思います。

任せることは、信頼することでもある

周りに任せるには、
少し勇気がいります。

自分が手を止めたら、
どう思われるだろう。

自分が弾かなかったら、
足りないと思われるのではないか。

そんな不安が出てくることもあるかもしれません。

でも、誰かに任せるということは、
自分が何もしないということではありません。

相手の音を信じること。
その場の流れを信じること。
今は自分が出ない方がいい、という判断を信じること。

そこには、
とても深い参加の仕方があります。

弾いているときだけが、
音楽に参加している時間ではありません。

聴いている時間も、
待っている時間も、
周りに委ねている時間も、
音楽の中にいる時間です。

止まれる人は、もう一度入る場所を見つけられる

止まることができる人は、
もう一度入る場所を探すことができます。

今、どこに流れがあるのか。
誰の音を受け取ればいいのか。
次に自分が出るなら、どんな一音が必要なのか。

それを聴いてから戻ると、
音は少し落ち着きます。

慌てて埋める音ではなく、
場にもう一度参加する音になります。

音楽は、
一度止まったら終わりではありません。

聴き直し、
呼吸を整え、
もう一度小さく入っていくことができます。

その経験を重ねると、
間違うことへの怖さも、
少しずつ変わっていくのではないでしょうか。

一人で進める音楽から、任せ合う音楽へ

音楽を一人で完璧に進めようとすると、
どうしても苦しくなることがあります。

自分が間違えないように。
自分が止まらないように。
自分が全部を支えられるように。

その気持ちは、
とても真面目なものです。

でも、セッションやアンサンブルでは、
一人で全部を背負わなくてもいいのだと思います。

ときには手を止める。
周りの音に任せる。
そこから聴こえてきたものに、
もう一度反応してみる。

その繰り返しの中で、
音楽は一人の想像を超えていきます。

もし、間違えることが怖くて、
一人で音楽を抱え込んでしまう感覚があるなら。

レッスンやセッションの中で、
弾くことだけでなく、
止まること、聴くこと、任せることも、
一緒に試してみませんか。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

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