音楽は、急がない人の中で深くなる

暖かな光の部屋で、50代の男性が一台のアップライトピアノの前に静かに座り、急がずに音を待つように鍵盤へ手を添えている水彩アニメ風イラスト。ピアノの周りには、時間をかけて育つ音楽を表す黄金の音符や光の糸がゆっくり立ち上がり、下部中央に「遠回りの時間にも、音楽は育つ。」という白い文字が入っている。

早く上手くならなければ、と感じることはありませんか

音楽を始めると、
どこかで「早く上手くなりたい」と思うことがあります。

それは、とても自然な気持ちです。

好きな曲を弾けるようになりたい。
気持ちよく歌えるようになりたい。
誰かと一緒に演奏しても、迷惑をかけないようになりたい。

そう思うからこそ、
練習にも向かえるのだと思います。

でも、いつの間にか、
「早く上手くならなければ」という気持ちが、
音楽そのものを重たくしてしまうことはないでしょうか。

できないところばかりが気になる。
人と比べて焦ってしまう。
昨日と今日の変化が見えないだけで、
自分には向いていないのかもしれないと思ってしまう。

そんなふうに感じるとき、
音楽は少し苦しいものになってしまいます。

けれど、音楽は、
早く上手くなることだけを目的にするものではないのかもしれません。

急がない時間の中でしか、
育たない音もあるのだと思います。

すぐにできない時間にも、音楽は動いている

練習しても、
すぐには変わらないことがあります。

昨日できなかったところが、
今日もまだできない。

頭では分かっているのに、
指や声がついてこない。

理屈は理解したはずなのに、
音にすると、まだどこかぎこちない。

そういう時間は、
何も進んでいないように感じるかもしれません。

でも本当は、
見えないところで少しずつ、
音楽が身体の中に入っていることがあります。

耳が、前より少し細かく聴くようになる。
身体が、前より少しリズムを覚えている。
心が、その曲の意味を少しずつ受け止め始めている。

その変化は、
すぐに演奏の結果として見えるとは限りません。

けれど、何度も触れているうちに、
ある日ふと、
前より自然に音が出てくることがあります。

音楽は、
見えない時間の中でも育っているのではないでしょうか。

遠回りしているように見える時間が、耳を育てる

効率よく上達する方法を探したくなることがあります。

どの練習をすれば早いのか。
どの動画を見れば分かるのか。
どの順番で学べば、無駄なく進めるのか。

そう考えることは、悪いことではありません。

限られた時間の中で、
少しでも前に進みたいと思うのは自然なことです。

ただ、音楽には、
遠回りに見える時間の中でしか育たないものもあります。

同じ曲を何度も聴く時間。
うまくいかない理由を、すぐに答えにせず考える時間。
自分の音を録って、少し嫌な気持ちになりながらも聴き直す時間。

そういう時間は、
一見すると効率が悪いように見えるかもしれません。

でも、その遠回りの中で、
耳は少しずつ育っていきます。

何が心地よいのか。
どこが急いでいるのか。
どの音が、まだ自分の中で納得できていないのか。

そういうことは、
早く答えをもらうだけでは見えにくいものです。

遠回りしているように見える時間が、
実は音楽を聴く力を深くしていることがあります。

寝かせることで、音が自分の中に入ってくる

音楽には、
その場ですぐに分かることと、
時間を置いてから分かることがあります。

レッスンの中では分かったつもりでも、
家に帰ると、また分からなくなる。

そのときはうまく弾けなかったのに、
数日後にふと試してみると、
少しだけ身体が覚えている。

そういうことはないでしょうか。

音楽は、
頭で理解した瞬間に完成するものではありません。

耳に残り、
身体に残り、
心のどこかでゆっくり寝かされていく。

そして、あるとき、
前とは違う響きとして戻ってくることがあります。

ワインや味噌のように、
時間の中で変わっていくものがあるように、
音楽にも、すぐに形にならない熟成の時間があるのかもしれません。

急がないことは、
止まっていることとは少し違います。

音が自分の中に入ってくるのを、
静かに待つことでもあるのだと思います。

早く上手くなる人だけが、音楽に向いているわけではない

最初から器用にできる人を見ると、
自分には向いていないのではないかと感じることがあるかもしれません。

すぐに覚えられる人。
すぐにリズムに乗れる人。
人前でもあまり緊張せず、自然に音を出せる人。

そういう人を見ると、
遠回りしている自分だけが遅れているように思えることがあります。

でも、すぐにできることと、
深く感じ取れることは、
同じではありません。

なかなかできないからこそ、
一つの音に何度も向き合える人がいます。

すぐに進めないからこそ、
小さな変化に気づける人がいます。

遠回りしてきたからこそ、
同じように悩む人の気持ちが分かる人もいます。

音楽は、
器用な人だけのものではありません。

時間をかけて向き合う人の中で、
静かに深くなっていく音もあります。

急がない音には、その人の時間がにじむ

急いで弾いた音には、
急いでいる感じが出ることがあります。

早く正解にたどり着きたい。
早く上手く見せたい。
早く不安から抜け出したい。

そういう気持ちは、
音の中にも少し出てくるのかもしれません。

反対に、
自分のペースで音を待てる人の演奏には、
不思議な落ち着きが出ることがあります。

次の音を急がない。
余韻が消えるまで聴く。
少し遅れてでも、自分の呼吸で音を置く。

そこには、
その人が歩いてきた時間がにじみます。

年齢の話だけではありません。

迷った時間。
続かなかった時間。
もう一度始めようとした時間。
少しずつ向き合い直してきた時間。

そういうものが、
いつか音の奥行きになっていくことがあります。

遠回りしている時間にも、
音楽は育っているのではないでしょうか。

急がずに続ける人の音を、一緒に育てていく

早く上手くなりたい気持ちは、
決して否定しなくていいのだと思います。

その気持ちがあるから、
練習に向かえる日もあります。

ただ、その気持ちだけに追い立てられると、
音楽の中にある小さな喜びを、
見落としてしまうことがあるかもしれません。

昨日より少し聴こえたこと。
前より少し呼吸が合ったこと。
まだ弾けないけれど、その音楽が前より好きになっていること。

そういう変化も、
音楽が育っている証なのだと思います。

もし今、
なかなか上達しない自分を責めているなら、
その時間の中で何が育っているのかを、
一緒に聴いてみてもいいのではないでしょうか。

レッスンやセッションの中で、
急がずに音を重ねながら、
あなたの中で育っている音楽を、
一緒に見つけていけたらと思います。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!