楽器を持っていない時間も音楽の時間|内なる耳を育てる

静かな街を歩く、またはカフェの窓際に座る女性が、内側で音楽が鳴っているように黄金の音符と音の波が頭と胸の周りに漂う水彩アニメ風イラスト。下部中央に「音を出さない時間にも、音楽はある。」の白いテキスト。

楽器を置いているとき、あなたは音楽をしていないのだろうか

練習していない時間は、
音楽から離れている時間だと思っていませんか?

楽器を持っていなければ、音楽ではない。
声を出していなければ、歌っていない。
そう思っている方は、意外と多いかもしれません。

でも少し考えてみてください。

街を歩きながら、
ふと頭の中でメロディが流れることはありませんか?

好きな曲のフレーズが、
気づいたら口の中で繰り返されていることは?

眠れない夜に、
あるコードの響きがずっと頭の中で鳴り続けることは?

それも、音楽です。

頭の中で鳴っている音楽は、本物の音楽

音楽は、音を出すことだけではありません。

音を「聴く」こと。
音を「感じる」こと。
音を「想像する」こと。

そのすべてが、音楽という行為の一部です。

偉大な作曲家の多くは、
実際に楽器を弾かない時間にも、
頭の中で音楽を構築していたと言われています。

散歩しながら、
食事をしながら、
眠りにつく前に。

その時間の中で音楽が熟成され、
楽器に向かったときに初めて
音として出てくることがあります。

頭の中で鳴っている音楽は、
本番前の準備でも、
余暇の暇つぶしでもありません。
それ自体が、音楽の深い部分です。

「内なる耳」を育てることの大切さ

音楽には「内なる耳」という考え方があります。

楽器を弾く前に、
頭の中で音をイメージできる力。
声を出す前に、
どんな音程で歌うかを内側で感じられる力。

この「内なる耳」が育っている人の演奏は、
どこか違います。

音を出す前から、
すでに音楽が始まっているからです。

逆に、「内なる耳」がないまま楽器に向かうと、
指が動いているのに
音楽になっていない、という状態になりやすい。

楽器を持っていない時間に
頭の中で音楽を鳴らす習慣は、
この「内なる耳」を育てる
大切な練習でもあるのです。

音楽を聴く時間も、練習の一部

好きな演奏家の音楽を聴くとき、
ただ流して聴くのと、
「なぜこのフレーズはこんなに心に刺さるのか」
「ここの間はなぜこれほど美しいのか」
と耳を澄ませて聴くのとでは、まったく違います。

後者の聴き方をしているとき、
あなたは確実に音楽をしています。

その時間が積み重なると、
次に楽器に向かったときに、
「ああ、あの演奏のあの感じはこういうことだったのか」
という発見が生まれます。

聴く時間は、
弾く時間のための準備ではありません。
聴く時間そのものが、
音楽家としての時間です。

日常の中に、音楽の種は至る所にある

雨が窓を叩くリズム。
電車の走る規則的な音。
誰かの笑い声の抑揚。
風が木の葉を揺らす音。

日常の中には、
音楽の種が至る所に落ちています。

それに気づける耳を持っているかどうかで、
音楽家としての感性は
少しずつ違ってきます。

楽器を持っていない時間も、
音楽を受け取るアンテナを立てていれば、
あなたの音楽はどんどん豊かになっていきます。

音楽は、24時間あなたのそばにある

音楽は、
楽器を持っている時間だけのものではありません。

頭の中でメロディが鳴る時間。
好きな演奏に耳を澄ます時間。
日常の音の中に面白さを見つける時間。
弾けなかったフレーズを
頭の中で何度も反芻する時間。

そのすべてが、音楽と共にある時間です。

そう思えると、
「練習できなかった」という罪悪感が
少し和らぐかもしれません。

楽器から離れていた時間も、
あなたの中で音楽は静かに育っていたのです。

音楽と共にある時間を、もっと豊かに

「楽器を弾いていない自分は、
音楽をしていない」と感じていた方に、
少しだけ視点が変わっていたら嬉しいです。

頭の中の音楽を、
もっと豊かに、もっと自由に鳴らすために。
「内なる耳」をどう育てるか、
一緒に考えてみませんか。

サヴァサヴァでは、
楽器を弾く技術だけでなく、
音楽と共にある時間の質を高めることも
大切にしています。

Music Space サヴァサヴァ
  野口 尚宏

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