コップの水が溢れる時。音楽は、その「最後の1滴」になる。

表面張力で限界まで満たされたコップの水に、光り輝く最後の一滴(音楽)が落ち、水が溢れ出して光や音符となって広がっていく様子:音楽がもたらす感情の解放

テーブルの上に、なみなみと注がれたコップの水。
水面はふちよりも高く盛り上がり、表面張力でかろうじて形を保っています。
あと一滴でも加えれば、その均衡は崩れ、水は一気に溢れ出してしまうでしょう。

私たちの心も、時々そんな状態になります。

張り詰めた糸が切れる瞬間

言いたいことを飲み込んだり、平気なふりをしてみたり。
日々の生活の中で、私たちは知らず知らずのうちに様々な感情を溜め込んでいます。
ストレス、不安、悲しみ、あるいは言葉にならないモヤモヤ。

それらが少しずつ積み重なり、
心のコップはいつの間にか限界まで満たされています。
「もう無理かもしれない」
張り詰めた糸が、今にもプツンと切れそうになる瞬間です。

溢れ出す、という救い

そんなギリギリの状態にある時、
ふと流れてきた音楽が、その均衡を破ることがあります。

街角で耳にした懐かしい曲、ラジオから流れる優しい歌声、
あるいは何気なく再生したピアノの旋律。
その音楽が、心の一番柔らかい場所に「ポチョン」と落ちたとき、
堪えていたものが一気に溢れ出します。

それは、止めどなく流れる涙かもしれませんし、
深い安堵のため息かもしれません。
音楽は、張り詰めた心に注がれる「最後の1滴」となり、
私たちを解放してくれるのです。

コップから溢れた水は、テーブルを濡らすかもしれません。
でも、溢れ出した後には、少しだけ水が減って、
また新しい何かを受け入れる余裕が生まれます。

音楽がもたらす「溢れる」という体験は、
決して悪いことではありません。
それは、張り詰めた心が呼吸を取り戻すための、
大切な儀式のようなものなのです。

野口 尚宏