「上手い歌」と「泣ける歌」は違う。感情と音が、奇跡的に出会うとき

素朴な水彩画で描かれた歌い手と聴き手。歌い手の胸から溢れる温かい色が、聴き手の心に優しく届き共鳴している様子:感動は心の出会い

「音程もリズムも完璧なのに、なぜか退屈な歌」
「技術的には未熟なのに、なぜか涙が止まらない歌」

音楽をやっていると、この不思議な現象によく出くわします。
もし「感動=技術の高さ」なら、
採点機能付きのカラオケマシンが世界で一番感動的な歌手ということになってしまいます。
でも、現実は違いますよね。

鍵と鍵穴が合う瞬間

音楽における感動とは、一方的な発信ではありません。
「その時の聴き手の感情」と、「歌い手が発する音や声」が、
奇跡的にフィットした時に起こる「出会い」なのです。

聴き手が悲しい時には、悲しみに寄り添う声が。
希望が欲しい時には、背中を押す力強い音が。

まるで複雑な形の「鍵(歌)」と「鍵穴(聴き手の心)」が、
カチリと噛み合った瞬間、人の心は大きく震えます。
それは狙ってできることではなく、ある種の奇跡に近い現象です。

歌い手に必要な「人間的な幅」

その奇跡を起こす確率を上げるために必要なのは、
高音を出す技術ではなく、「人間としての幅」です。
喜び、悲しみ、挫折、愛。
様々な人生経験を積み重ねてきた人の声には、
複雑な倍音(深み)が含まれます。
その深みこそが、誰かの心にヒットするフックになるのです。

聴き手に必要な「感性の柔らかさ」

そして同時に、受け取る側にも「感性の柔らかさ」が必要です。
心を閉ざしていては、どんな名曲も届きません。

良い音楽体験とは、歌い手が一方的に与えるものではなく、
歌い手の「人生」と、聴き手の「感受性」が、
真ん中で握手をするようなものなのです。

技術を磨くことは大切ですが、
それだけで満足しないでください。
たくさん笑って、泣いて、人間としての年輪を刻んでください。
その「生き様」が声に乗った時、あなたの歌は誰かの心の鍵を、
そっと開けることができるはずです。

 野口 尚宏