初心に帰る。

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昨年末から年始にかけて、年の変わり目という事でいろいろ思う事があり、
今年こそは何がなんでも頑張ろうと心に決めていた。
しかし、1月ももうそろそろ終わろうとしているこの時期
「ん?あの気持ちはどこにいったんだ。」とふと思った。
ああ、やばい熱が冷めてきている〜。
もう一度仕切り直ししなければ。
今年は初心に帰って、勉強しなおし、対外的にも積極的に責めていくと決めたのだ。
尻込みしている暇はない。
どんどんやろう。

頑張ると心に決めたのだから、何としてもやり遂げなければいけない。

どんどんいくよ〜 

SNSに囚われない強さ。

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最近のSNSの広がりは恐ろしいほど、影響力がある。
学校のイジメもそうだし、大人の世界でもそうだ。
ホームページやブログでは1対1、もしくは一人の発信者から多数という事はあっても、
SNSのように自然発生的に情報が広がる怖さはなかった。
僕も具体的にはかかないが、ここ最近SNSで深く傷つき、
迷惑と大きな損失を被った一人だ。
あの何でも発信できるという所が恐ろしい。
少し前まではこんなん出すと恥ずかしいという羞恥心があったように思う。
早く出したもの勝ち的な考えが質より前にくる事でどんどん思考の速さが加速し、
置いてきぼりだと思い込みやすい孤独感に耐えられない人は
軽はずみな発言やツイートをする。
もういい加減にしてくれと言いたい。
薄っぺら〜い情報はもういりません。

携帯電話が出来、メールが出来た地点で一人が持つ時間軸が増え、
一人でじっくり考える時間が減ったのに、SNSまでこられたら、
一人で同時により多くの時間軸を同時に並行して考えていかなきゃいけない。
これは大変な事です。
自分を見つめ、見直す時間がないあまり、人より早く発信し、
また受信してコメントなどで発信しなければいけないという焦燥感がストレスを生む。
もういい加減自分のペースを考えよう。
ネットに載ってる事は真実ばかりではない。
虚像もあるのだ。
その見極めを一人一人が持つとSNSも丁度良いスピードになり、
とても便利なツールとなりうる。
そうそう、SNSのシステム自体が悪いのではなく、
そのシステムの本質を理解していない幼稚な人たちが
便利であるはずのネットやSNSをより窮屈で不便にしている。
幼稚な人は窮屈と考えられる神経も持ち合わせていないだろうけど。
そういう人の気持ちを考えられる能力のない人は情報を発信する資格がないと思う。

人間は一人では生きていけない。
誰かと協力しあい、お互いの立場を尊重し、社会を築いて行くことで
心地良い世の中になるのではないのかなぁ。
便利さとスピードだけを追求したら、あとでそのしっぺ返しは必ずくる。

よりよい人間関係を築くにも様々な能力を身につけるにも時間がかかります。
SNSに発信する事だけで満足しているような人は大体大した事ないです。(笑)

 

大阪芸大のプロムナードコンサートで思ったこと。

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芸大のプロムナードコンサートを観に行った。
そこで思ったこと。
自身のスキルだけでなく、各種特化したスキルを結びつける能力を各個人が持つ必要があるということだ。

はっきり言って、個人の能力の高さは最終的な局面になって生かされるのであって、そこに行き着くまでには、お互いのメリットを生かし合う
落とし所が必要である。

一人の人間が見える範囲は限られている。

一人一人が自分の周りの人たちの立場や考えに素早くスイッチできる
能力が求められる。

ネットの普及によるマスメディアの多様性が今までの前時代的な権威主義を少しずつ破壊しようとしている。

ただその前時代的な権威主義と芳醇な芸術性の育成とは密接に結びついている場合もあって、ある種絶対的な権力は物事を動かすのに大きな力を持つ。

大衆迎合的なビジネスモデルにそろそろ飽きてきた至高主義派もある一方で出てきている気がする。

これからはその両方のバランスを考えていく必要がある。

というか、その点を考える事が急務である気がする。

ネットに溢れるボイトレの情報について。

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前回のブログで新しいボイトレエクササイズを見つけたと書いたが、
最近はネットの普及で殆どの情報がある程度正確に手に入る。
これはとても有り難い事だ。
時として知りたくもない情報も入ってきて、混乱する事もあるが。

音楽に限らずYoutube等で見つけた動画にはかなりいろんな情報が満載で
これらの事を全部理解し実践する事でかなりの力が身につく。
ただこの時注意しなければいけないのは、その情報の取捨選択を間違うとかえって混乱する事だ。
ことボイトレに関してのネットの情報で感じた事は
ほぼ8割方高音の出し方を解説している動画が多い事だ。
高い音が出せる事は確かに良いことだ。
それが楽に無理なく出せるとなるとよりいい。
実際僕も最近見つけたボイトレのメソッドも高音が力強く無理なく出せる発声エクササイズだし。
しかし、ただ高い声が無理なく出せても、
いや低音域から中高音域までバランス良く美しく出せたとしても
そこに音楽的な美しさがなければ、殆ど意味がない。 

あと肝心なアンサンブル、特に即興演奏のアンサンブルに関しては殆ど記載されていない。
エクササイズ的なものはたくさんあるが、
それらは一つのサンプルであって、生きた即興演奏はそういうものではない。

それはそうだ。
ネットは一人で観るもの。
動画だけでは伝える事は出来ない。
音楽は同時進行的に音を聞き合って同じ空気の中で作るものだからだ。

ただネットの普及により、膨大な知識が手に入る事には便利と言わざるを得ない。
一人一人の技術は向上している。
特に楽器奏者の演奏技術は年々向上している。
しかし、それは一人で演奏する分にはということだ。
アンサンブルにおいては稚拙になってきている気がする。

皮肉にもネットによる情報の氾濫で一人遊びが得意になるあまり
リアルなコミュニケーション能力が著しく低下していると言わざるを得ない世相と
音を聞き合う事が苦手な音楽をやる人たちの身勝手さがリンクしているようだ。

ずばり言おう。
ただやかましいだけの騒音(身勝手な音)は要らない。
美しいノイズはいいけどね。

 

やりたい事より必要な事、それがやりたい事。

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またちょっと文章を書いてみたい気になった。
きっけかはまぁいろいろあるんだけど、新しいボイトレメソッドを見つけた事だ。
この効果を自分なりに試してみてるんだけど、これが なかなかいい。
3日続けて効果が見えた。
教室の生徒さんにはボツボツ伝えていってる。
もう少し整理してレッスンメニューに加えるつもりだ。

若い時に毎日のようにコツコツ続けてきたような事が経験で
より体系的に捉えることが出来、より効率が良くなってきた。
若い時は情熱のみで突っ走る事ができた。
それは大切な事だが物事を俯瞰的に見る能力が乏しかったため、
効率が悪かった。
情熱をプラス(+)とするなら経験はかける(X)とでも言うのだろうか。
その事により、考え方が前向きになった。
短期間でも継続しその事による変化で未来を予測し、考えられる事が出来るようになるのだ。

次は文章を書く事、言葉によって表現していく筋肉を鍛える所にある。
これもやはり一緒で書かなければ、書けなくなる。
読まなければ読めなくなる。
コツコツ続ける事がやはり何より大事だ。

また前へ進む情熱を取り戻せそうだ。

まだ僕にはやるべき事がある。
いややりたい事がある。

 

すごく久々です。。

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本当に最近ブログを更新していない。
忙しいからしなかったわけではなく、
自分から何かを伝えようという気持ちが少なくなってきたせいかも
しれない。
そもそも魅力的な人ほど多くを語らない。
つまらない情報やひけらかしはいらないのだ。
存在そのもの、佇まいが何より雄弁である。
僕もそうありたいと思う。なかなか難しいけど。

このブログをやり始めた頃はブログそのものも今ほど浸透していなかったせいか
FaceBookもTwitterもなく、
世の中の不特定多数の人に自分から何かを発信できるという事が
新鮮で楽しくもあったし、教室の広報的な意味でも自分を知ってもらうためには
ブログが一つの自分のチャンネルでもあった。
ところがそれから数年経った現在、
人と人との関係が多様化し人との距離感を保つ事が難しい世の中になりつつある。
何か目立った事をすれば吊し上げられ、
そうなる事にビクビクするあまり本音を発言しなくなるという。。

でもまぁともかくできるだけまたブログを書いて行こうと思います。
あんまり面白い事はないかもしれないけど、自分が素直になるために
思ってることを整理してみようかと思う今日この頃です。 

最近、ちょっと思う事。

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久々の更新です。
最近、少し生徒さんの年齢層が下がってきた。
勿論、大人の生徒さんもいらっしゃるのだが、
子どもさんのピアノや歌、高校生の歌、ピアノの生徒さんが増えてきた。
教室を始めた頃はお子様のピアノ指導なんて考えもしなかったが、
なんでもやってみるもんだ。
随分と勉強になる。
こういう風に言うと伝わるんだなとか指導する上で随分余裕がでてきた気がする。
教えるという行為は知識を与えるだけではなく、いかに教える立場と教わる立場の生徒さんの間で共感できる要素を多く持つ事が出来るかがポイントだ。
音楽を長くやっているとその辺を見落としやすい。
初心者やお子さんの方が音楽に対して素直に接している。
音楽は知識の多さが問題ではない。
如何に音楽をずっとピュアに受け止められるかだ。
この事が音楽経験の長さと比例する場合は音楽的成長を期待できるが、
違う方向に行くと音楽に感動する感性を鈍らせてしまう。
この事が一番恐ろしい事でむしろ子どもの感性のままでいた方がいい。
知らなくて良いこともあるのかもしれないなぁ。 

暑い熱い夏。

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もう半年くらいブログ更新してませんでした。
季節はもうすっかり夏。
毎日暑いです。
今月はバタバタと忙しかった。
15日は久々のライブがあったし、
ここ最近教室の新規の問い合わせが少し増えてきたし。。
有り難いことです。
吹奏楽のコンクール指導も少しではあるが、 関わらせて頂いている。
毎年、夏は暑いだけでなく、熱い夏なのだ。

言ってる間に夏も終わり、年の瀬を迎えるのだろうけど。
時の経つのは早いです。
そりゃブログの更新も忘れるというものです。

もう少しブログも更新しなきゃな。
無理しない程度にやっていきます。。 

久々の更新です。

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最近、ずっとブログの更新を怠ってきた。
まぁこれは波があるのだが、2、3年前までは結構いろんな事を書いてきた。
多少偉そうなやや達観したような物言いもあったので、少し恥ずかしいんだけれど。
どういう気持ちで書いていたんだろうなぁ。
今、思い返すと、結構イケイケな精神で言いたい放題書いていたと思う。
それはそれで良かったし、それが面白いと言ってくださった方もいた。
それがブログだと思ってたし。

でも最近なんだかそんなに言うことがなくなってきたというか、
いやいや頭の中にはいろんな事がありすぎて、
かえって真っ白になってしまったとでもいうか、、。
ホワイトノイズ的な状態とでもいうか、
書きたいけど書けないんだろうなぁ。

でもこれからもうすぐ春にもなるし、教室の方も大きくシステム変更を行うし、
最近また広告関係のお仕事もあったり、7月にはまたライブをするし、(そういや去年のライブも7月末だったような、年1回のライブってどんだけスローペースやねん。)

なんか音楽との関わり方が年々変化していく。
自分では結構音楽の趣向が偏っているタイプだと思っていたが、
意外となんでもいいのかなぁと思ったりもする。
ただ音楽のあり方については自分なりの考えがまとまってきた感じはする。

もうちょっと考えがしっかりまとまったら、また書こうかな。

何も書けないと思ってたが、結構書けたなぁ。
 

ボイトレセミナー

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今日はボイストレーニングセミナーを実施した。
普段のレッスンでも、ボーカルコースの方には基本的な発声指導は行っているが、発声の事だけに特化したレクチャーは今回が初めて。
前もって、セミナーを受けたい方を募集し、希望者だけのセミナーだったが、なかなか安定した良い声を出す事の難しさとその指導がいかに難しいかを思いしらされた。
しかし、普段はマンツーマンレッスンなので、発声についての疑問や悩みを持つ方々ばかりが集まってくださったので、いい機会になったと思う。
自分だけが発声で悩んでいるわけではない事や他の方々の発声を聞くことで、参考になった事もあったと思うし、僕自身も新たな発見があった。
しかし、発見と同時に新たな課題も山積みでもっと勉強しなければいけないと思った。