音楽を聴く耳。

いろんな音楽を聴くときに、同じような気持ちで聞いていると 
その良さがよく分からない事が僕にはある。 

ベートーベンのシンフォニーを聴くとき、武満徹を聴くとき、 
マイルスを聴くとき、レッド・ツェッペリンを聴くとき、 
いきものがかりを聴くとき、AKB48を聴くときなど、 
全部違う感性で聴いている。 
おそらくそうだ。 
みんな同じ音楽で、譜面化したり、楽曲分析したら、ある程度 
同じ立場で聴くことが出来るだろうが、 
音楽の感動ポイントはそんな単純なところにはない。 

例えば、僕が全神経を研ぎ澄まし、上に挙げた音楽を連続して集中して 
聴いた場合、かなり疲れるというか、混乱する。 

音楽はジャンル関係なく、すべてが素晴らしい。 
それはある意味当たっている。 
しかし、デューク・エリントンが言った、 
「音楽には、2種類しかない。良い音楽と悪い音楽だ。」 
この単純な言葉も意外ととても奥が深い。 
音楽の善し悪しはその人、個人、個人が好きに感じるものだが、 
なんだかうっすらと客観的にその善し悪しがあるような気もする。 
まあ、基本的なところでは音程の正確さ、音色の美しさ、歌詞がある音楽なら歌詞の内容とかがあるが、 
その前に生き生きしているかどうか、躍動的であるかどうか、 
そのあたりの感じのような気もする。 

僕の中にも、音楽を聴く上で良い音楽と悪い音楽の基準は何となくあると 
思う。これは好き嫌いではない。 
音楽的であるか、そうでないかという僕なりの基準だ。 
この事は一言では言えない。 

上に挙げた音楽は僕の中では、どれも良い音楽だ。 
商業的であろうが、芸術的であろうが、 
具体的であろうが、抽象的であろうが、 
心に響くものは、響くのだ。 

今日、いつも行っている吹奏楽部の指導で典型的なシンプルなマーチと 
吹奏楽アレンジのAKB48のヘビーローテーションを指導してきた。 
これはこれでいいのではないかと思った。 

魅力的であるかそうでないか。 
それが問題だ。 
あくまで僕にとってね。

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